データで見る「ヴェイパーフライ」の功績。高速化がもたらす市民ランナーへの影響は?

2019年はエリウド・キプチョゲがマラソン「サブ2」を達成し、その翌日にはブリジッド・コスゲイが女子マラソンの世界記録を16年ぶりに更新。2人のパフォーマンスの足下には、ナイキの「ヴェイパーフライ」(以下VF)シリーズがあった。コスゲイは従来の世界記録(2:15:25)を81秒更新したが、今年の好記録ラッシュの象徴である “VFネクスト%” を履いていた。

一方のキプチョゲは、VFネクスト%をアップデートした超厚底の『α-FLY』を履き、風除けのフォーメーションに先導されるなど非公認の条件下でサブ2を達成。とはいえ、キプチョゲは11月のインタビューで「公認レースでもサブ2は可能」と語っており、次は2020年4月26日のロンドンマラソンに出場することが決定している。

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©︎2019 Bob Martin(INEOS 1:59 Challenge)

キプチョゲやコスゲイの今年の偉業は賞賛されるべきであるが、一方ではある “問い” を持つ良い機会であったように思う。

「VFシリーズの登場とその進化によって、選手たちのパフォーマンスは一体どれぐらい引き上げられたのだろうか?」

そこで、実際に出ている公式な数字をもとにして以下で考察する。

レースのレベルを引き上げたシューズ

2017〜19年にマラソンサブ2:07を出した選手で、かつ自国のマラソン最高記録を更新したのはキプチョゲ(ケニア)、ベケレ(エチオピア)、ファラー(イギリス)、大迫傑(日本)など12名。そのうち11名がVFを履いていたことから、VFがトップレベルの選手の競技力向上に貢献したことは明確である。

今年のシカゴでは世界記録更新のコスゲイだけでなく、男子1〜10位も全員VFを着用。MGC、大学駅伝、箱根予選会でも同じようにVFネクスト%を履く選手で溢れ、駅伝は区間新記録、ロードレースは大会新記録ラッシュ。VF4%が2017年に登場してから記録はジワジワと伸びていたが、2019年にVFネクスト%にアップデートされ、その伸びがさらに顕著となった。

物事の変化の正確な傾向を測るために、統計の持つ意味は大きい。STRAVAの統計では2019年東京・ボストン・ロンドン・ベルリンの4レースでの、STRAVAユーザーのレースログ平均値でVF4%着用者が3:06:25、VFネクスト%着用者が3:02:14という結果が出ている(それぞれの着用者数の総数は公表されていない)。

さらに、過去4年間の福岡国際マラソンにおける記録の変化は注目に値する。

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上記のことから今後を予想すると、参加標準記録(フル2:35切、ハーフ1:10切など)が引き上げられる可能性が考えられる。もしそれがなければ2020年大会のエントリー、出場者が増加するだろう。

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2017年(VF発売年)の福岡国際マラソンで、私は出場者400名のシューズを調査したが、当時はナイキのシェアは3番目だった。この時期はVFが品薄で入手困難であったことや、VFに対してまだ半信半疑だった(値段が高いので手が出しにくい)ランナーもいたことが影響し、この年までが国際ランナーにおいての“アシックス全盛期”だった。

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2019年大会は約70〜80%がVF着用(先頭はVF4%)。その多くがVFネクスト%(ピンクorライトグリーン)

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トップ30は毎年招待選手や実業団選手で占められるため数字に大きな変化はないが、2019年大会では50位以降の選手(2:20〜2:35の選手)に目を見張るほどの記録水準の向上が確認できる。マラソンは気象条件によって記録の良し悪しがあるが(昨年だけ少し暑く他の年は概ね同じような気象)、これほどまでに記録の差が顕著に数字に出ている。

このような、VFネクスト%によってレースのレベルが引き上げられた例は海外でも確認できる。12月に行われたカリフォルニア国際マラソンではサブ2:20が57名、サブ2:25が105名、サブ2:30が178名。この数字は今年の福岡国際よりも多いが、もちろん選手の足元はピンクとライトグリーンのシューズで占められていた(↓カリフォルニア国際マラソンの動画)。

 

世界陸連は今後VFを規制するだろうか?

以上のように、駅伝選手やマラソンの国際ランナーたちのVFへの信頼感は厚い。

このような状況で非ナイキのプロ選手、例えばアディダスやアシックスにサポートされている長距離選手は厳しい状況にあり、「いよいよVFへの規制が始まるのでは? 」という議論が最近になって活性化。世界陸連(World Athletics)は10月以降にVFの調査に乗り出したが現段階ではVFの規制に関しての動きはなく、2020年の初めに結論が出るといわれている。

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©︎2019 Sushiman Photography

2017年からVFを研究している世界陸連の技術委員会は「あくまでVFはモーターではなく、地面からのエネルギーリターンの効率性を高めるもの」としている。また、VF4%は発売から2年が経過しており、VFの使用を禁止したりこれまでの記録を抹消するのは、トップ選手に限らず選手からの膨大な訴訟リスクがあるので現実的ではない。

陸上競技の歴史上で、新しいシューズによって記録水準が軒並み向上した例は1960年代に遡る。当時、タータントラックの普及とともにスパイクシューズの使用が本格化。そこでプーマが、長さわずか4mmのピン×68本の『サクラメントブラッシュスパイク』を開発したが、その“ブラシスパイク”によって短距離種目の記録水準が向上していった。

しかし、1968年メキシコシティ五輪の2週間前に、国際陸連(当時のIAAF)は突如このシューズの使用を禁止し、世界記録を含むこのシューズでの全ての記録を抹消した。陸上競技にはこのような歴史があるが、この話はスパイクの開発競争以前に“タータントラックの普及”という、陸上競技においての大きな変化が前提にあったことを忘れてはいけいない。

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©︎2019 Joe Toth(INEOS 1:59 Challenge)

時は流れ、その51年後に舞台がトラックからロードに移って、再びシューズ論争が起こった。キプチョゲがサブ2達成時に履いていた『αFLY』はVFネクスト%よりもミッドソールが厚い超厚底。もし、このシューズが流通すれば記録水準はさらに上がっていくことも考えられるので、世界陸連はこれまで以上にシューズを厳密に精査する必要がある。

キプチョゲのサブ2以降には、「シューズのミッドソールの厚さに関する競技規則がつくられるのではないか」という説が度々、海外のメディアで報じられた。例えば厚さ32mm以上のミッドソールのシューズ(VFネクスト%は、かかと部分が31mm)の使用を禁じれば、『αFLY』は使用できない(現状の製品は使用できる)。

このようなシューズに関する競技規則は、すでにトラック競技で存在している(競技規則143条4項・5項)。スパイクのピンは11本以内かつ9mm以内(走高跳・やり投は12㎜以内)、靴底の厚さは走高跳・走幅跳のみ 13mm以内(走高跳のかかとは19mm以内)といった具合だ。

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Nike Alphafly

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ナイキの超厚底シューズの登場は、陸上競技の記録水準をさらに変えるだろうか。それとも、競技規則を変えてしまうのだろうか。

これまでと変わらず、ロードで使用されるシューズの競技規則変更が無い可能性もあるが、世界陸連の今後の動向により注目が集まるだろう。

   
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