上田瑠偉選手が語る今夏の大怪我から復帰レースまで。“応援してくれること”を実感した瞬間とは?
Nov 13, 2023 / MOTIVATION
Dec 07, 2023 Updated
プロ山岳ランナーとして活躍する上田瑠偉選手が、オーストリアでマウンテンバイク中の事故で大怪我を負ったのが6月のこと。そこから海外での入院・手術、帰国後のリハビリ、予定していた大会への欠場などを苦しい時期を乗り越え、9月に『蔵王スカイラン』に出場。バーティカル4位、スカイレース優勝という結果を残し、復活への第一歩を踏み出しました。
今回はスポーツMC・岡田拓海さんが聞き手となり、上田選手へのインタビューが実現。事故当時の状況や心境、そして復帰までの約3か月間の活動や復帰戦を振り返っての感想、そして今後に向けた目標を語っていただきました。
※本記事では大怪我や出血などの画像、描写が含まれます。読者の皆様には予めご了承いただきますよう、お願い申し上げます。
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「事故のことはほとんど記憶がない」と振り返る上田選手
岡田:春にこの企画のインタビューで伺った際には、富士登山競走に向けての意気込みを語っていたなかでした。そこからの怪我だったのでこうして、無事にインタビューできる日が来て本当に良かったです。今回は怪我の真相や復帰までのプロセスなどを伺っていこうと思っていますが、まず本当に大怪我でしたね。
上田:そうですね。初めての入院と手術を海外で経験しました。事故に遭ったのはマウンテンバイクに乗って山を下っている最中だったのですが、実は記憶がないんです。
岡田:覚えていないんですか。
上田:頭を強く打ちつけたみたいで、最後に自転車に跨ったところまでしか記憶がないんです。事故がバンクで起こったのか、アップダウンみたいなところなのか、そういった詳細も記憶にないんです。覚えているのは病院に着いて、担架で運ばれているときですね。
岡田:負傷されたのは体の右側ですよね。
上田:肘で地面に着いた衝撃を受けて、顔を強く打ったのだと思います。麻痺していたのか、痛みとかは感じなくて、運ばれているときは「何しているんだろう」という感じでした。そのとき、ウエストベルトにスマホが入っていたんですけど、連絡を取ろうとしてたのか、何かチェックしようとしてたのか、気づいたら自撮りしてましたね(笑)。
岡田:本当に壮絶ですね。実際に怪我の内容はどんな診断だったんですか。
上田:まずは右の橈骨の脱臼骨折。現在(2023年9月下旬)もプレートとボルトが入っています。あとは上顎を骨折して、飛び出した歯を元の位置に戻して経過観察中です。経過は良好ですが、まだ歯の神経とか違和感はありますね。首の頸椎もちょっと欠けたという診断を受けましたが、そこは痛みが出ていないので大丈夫だろうと思っています。
岡田:そんな大怪我から約3ヶ月で復帰ということで、だいぶ早かったのではないでしょうか。
上田:上半身はひどい怪我でしたが、脚の方は大丈夫だったので復帰も早かったのだと思います。
岡田:6月13日に怪我をされて、どれくらい入院してたんですか。
上田:2週間くらいですね。それから帰国して3週間は走らないで過ごしました。
岡田:それだけの期間走れないのも初めてですか。
上田:いや、2018年に前十字靭帯を損傷した経験があり、そのときの方が走れない時期が長かったですね。今回は腕振りが気持ち悪いなというくらいで走り始めて、骨が完全にくっついていない状態なので、最初はフォームがしっくりこなくて。腕振りも左右差が出て、いまだに違和感はあるんです。
岡田:外傷的なダメージはもちろんですけど、気持ち的な部分はいかがでしたか。
上田:やってしまったことは仕方ないですけど、よりによって遊んでいる最中だったんです。いろいろな方面に迷惑をかけてしまって、プロアスリートとしてやっている以上、申し訳ない気持ちでした。
岡田:山のフィールドをいろいろな方面で楽しんで魅力を伝えるのもアスリートの側面だと思うので、そこはまた難しいですね。
上田:普段もオフトレではクロストレーニングとしてマウンテンバイクも取り入れているんです。海外でやるにあたって、レンタルで使い慣れているものとは勝手が違うと感じていたので、そこは良くなかったかもしれないですね。
各地のイベントで「応援してくれること」を実感できた
岡田:復帰に向けてはどんなスケジュールを組んでいったんですか。
上田:脚の怪我だったら今までも経験があるので、ある程度目処がつけやすかったんですけど、上半身の怪我に慣れてなかった分イメージはつきにくかったです。いつぐらいに走り始められるかなとか予想がつきにくかったので、そこまでプロセスは考えなかったですね。
岡田:予定していたレースもあったわけですよね。
上田:レースや撮影といったスケジュールはほとんどキャンセルしました。一方、最近は海外が主戦場になって、なかなか日本のレースに出る機会も少なくなっていたので、怪我をしている機会を使って日本全国のファンと触れ合う機会を作る企画もしました。“怪我の功名”ではありませんが、改めて多くの方に応援されている実感しました。日本で活躍していた頃は応援もダイレクトにしてもらえてましたけど、海外にいると生の声は届きにくいなって感じていましたから。
岡田:僕らは日本にいて上田選手の活躍が届いていましたけど、逆に応援されているという実感は届きにくいんですね。
上田:もちろんSNSとかにもコメントを頂いてるんで、それも大きな励みにはなるんです。今回の企画を通して、初めてお会いする人や、最近僕のことを知って走り始めたという人もいたりして、そういう声を生で聞くと自分が影響を与えているという実感もできる。応援してもらっているんだなって思いましたね。
岡田:実際にはどちらでイベントを行なわれたんですか。
上田:近場では代々木公園から、遠くは高知県まで行きましたね。あとは大阪、兵庫、群馬とかですね。
岡田:場所はどうやって選んだんですか。
上田:スケジュールとして8月から9月頭の日程を提示して、あとは僕の独断で選びました。ほんとに応募が多くて、全部行ってたらプライベートが全くなくなるなというくらいだったんです(笑)。
岡田:反響がすごい!
上田:リハビリもしなければいけないし、自分のトレーニングの時間も作らないといけない。苦渋の決断ではありましたが、いくつかお断りをさせて頂きながら実施してきました。
岡田:イベントではどんなことをされたんですか。
上田:講習会のようにレクチャーをしたり、トークイベントをやったところもあります。あとはRuntripのトレランアイテムレビューでもお馴染みのTrippersさんでポップアップストアを開催しました。呼んでいただいた方々の要望で内容を決めていった感じです。
岡田:実際にやってみての感想はどうですか。
上田:これだけ多くの方が変わらずに僕のことを注目してくれているんだとリアルに実感しました。応援してくれる方々のためにもっと良い結果を残したいし、元気な姿を見せたいと思います。
岡田:メンタル的にすごいプラスになりそうですね。
上田:かなりプラスになりましたね。正直、今年のレースに関してはあまり良い結果が出せてなくて、ちょっと落ち込んでいる部分もありましたけど、そういうなかでも応援してくれる方がいることで、改めて気持ちを強く持てるようになったと思います。
岡田:いつも海外遠征に行っていて、遠くで頑張っているイメージですけど、近くで触れ合うことで互いに気持ちが届いて良いのかもしれないですね。
上田:僕のことを身近に感じてもらえて、より応援に身が入るような気持ちになってくれたらうれしいですね。
岡田:怪我があったから今回イベントを開催したと思うんですけど、今後はどうされるんですか。
上田:そこが難しいところですね。もちろん良い影響をもらえる一方、怪我している間に国際レースではライバルたちが結果を出している。歯がゆい気持ちにもなるし、もっと練習に集中できる環境に身を置かなきゃいけないかと、プレッシャーを感じることもあります。
岡田:バランスが難しいですよね。良い気づきにはなったけど、本業があるからこそできることでもある。模索が必要ですよね。
復帰は蔵王スカイラン「もっと練習しておけば良かった」
岡田:復帰レースについて伺いたいと思います。期間としては怪我をしてからどれくらいでしたか。
上田:レースに出たのが9月上旬ですから、3か月経っていないくらいの時期ですね。
岡田:山形県で開催された『蔵王スカイラン』。種目はバーティカルとスカイレースの両方に出たわけですが、これを復帰戦に選んだ理由はあるんですか。
上田:元々怪我をする前からスケジュールには入れていたんです。間に合わせないといけない理由があって、このレースが来年のスカイランニング世界選手権の代表選考会だったんです。世界選手権の出場権を獲得するためには3番以内に入らないといけないので出場しました。
岡田:ここはなんとしても出ないといけないという感じで、少し焦りもあったのでしょうか。
上田:コンディションとしてはトレーニングがなかなかできていない状況ではありました。体力的にも戻ってきていないところもあって、まだまだしっくりきていない感じでした。
岡田:感覚的には何割くらいの仕上がりだったんですか。
上田:6割くらいです。まだこれから走る距離を長くしていこうという段階だったので、スカイレースが25kmだったんですけど、怪我をして以来最長の距離でしたね(笑)。
岡田:それがレース本番だったんですね。スカイの方は優勝されました。
上田:怪我をしている間に地元の大会を見に行ったりもしてたいんですけど、ゼッケンをつけている選手が羨ましかった。そこで走れないもどかしさもあって、レースの舞台にもう1回立つことができたのは嬉しかったです。
岡田:走れない時期もあって、その喜びは大きかったんでしょうね。
上田:嬉しかったですが、それまでポイント練習を1回しかやってない状態だったので、本当にきつかったです。
岡田:そこまでレース中に自分を追い込む感覚って久しぶりだったんじゃないですか。
上田:バーティカルではちょうど3番争いをしていて、相手が歩いたタイミングで仕掛けたんです。明らかに相手の方は余力があって、残り150mくらいで一気にスパートされて、そのスピードにはさすがについて行けませんでした。でも、そのレースで上手く刺激が入ったおかげで、スカイレースではだいぶ楽に登れました。
岡田:自分の身体を調整していく機能も高いですよね。
上田:そうは言っても万全ではなかったです。レース展開でも中間地点で2位に後退して、そこからなかなか抜けずに、後半なんとか抜いて47秒差で勝てたという感じでした。
岡田:国内での接戦は珍しいですよね。
上田:プレッシャーはとても大きかったですけど、そういうレースの緊張感は久しぶりに楽しめました。
岡田:レース前、周囲は怪我をしていたからと誰もが思ったと思います。ご自身では勝てると思って臨んだレースだったのでしょうか。
上田:正直、「勝てるでしょ」と思っていた自分もいました。それが初日のバーティカルで後悔に変わりました。「もっと練習しておけばよかった」と感じました。
岡田:今までに経験したことのない展開のレースで復帰戦を終えたわけですけど、次に向けてはどんなスケジュールを組んでいるんですか。
2024年はスカイランニング世界選手権・スカイで世界一へ
上田:個人でエントリーしているのは12月にオーストラリアで開催される『ULTRA TRAIL KOSCIUSZKO BY UTMB』があります。コジオスコというオーストラリアで1番標高の高い山で、100kmレースへの出場を予定しています。
岡田:そこが次の勝負レースということですね。
上田:2018年以来、5年ぶりの100kmレースなんです。怪我明けのコンディションからどこまで戻せるか。個人としてはプラスに捉えていて100kmレースがあるからこそ、じっくり脚づくりを頑張るきっかけになると思っています。
岡田:2024年の構想はありますか。
上田:まずはスカイランニング世界選手権の代表権を獲得したので、花形種目のスカイレースで世界一になることが目標です。
岡田:富士登山競走の大会記録更新はチャレンジされますか?
上田:今年は怪我で出れなかったので、来年は出場して大会記録を更新したいです。
岡田:それはすごく楽しみですね。
怪我のあとレースを選ぶ心境にも変化があった
上田:今回の怪我をしたことをきっかけにレースの選び方も心境に変化がありました。もちろん有力ランナーが集まるレースで勝ちたいというのは変わりませんが、毎年同じレースになりがちだったので、初めて行く国や山を増やしたいなと思うようになりました。
岡田:そういう心境の変化があったのはどうしてでしょうか。
上田:トレイルランニングは綺麗な景色に出会うのも魅力の1つですよね。せっかくやるなら初めて見る景色に出会いたいと思うようにもなりました。
岡田:プロトップアスリートとしての想いも強くなった一方、トレイルランニングの楽しみ方も純粋に求めていきたいという考えなんですね。怪我を乗り越えたからこそ、よりポジティブな想いが伝わってきました。まだ万全ではないかもしれませんが、ここからの復活も応援しています。
上田:ありがとうございます。
***
壮絶な大怪我を乗り越えて、国内で復帰レースを終えた上田瑠偉選手。復帰に向けたプロセスのなかで、1つ1つの経験をプラスに変えて進んできた姿がインタビューから垣間見えました。
復活へ向けて走り出した上田選手の今後の活躍に注目が集まります。
【インタビュー動画はこちら】
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プロ山岳ランナー/ Runtrip PRO ATHLETE
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