自己流は川内だけじゃない!! 元早稲田監督・渡辺康幸氏が推す男

2018年1月28日の大阪ハーフマラソン。ロンドンオリンピックマラソン6位入賞、世界陸上マラソン代表選出3回の実績を持つ中本健太郎選手を振り切り、1時間2分10秒のトップでゴールテープを切ったランナーがいました。

伊藤和麻さん(29歳)。現在は住友電工陸上競技部に所属し、長距離チーム主将を務めています。5千メートル 13分50秒13、1万メートル 28分28秒92というベストタイムを持つ伊藤さんですが、現チームに加入する前は市民ランナーでした。

箱根駅伝の出走を夢見て早稲田大学に進学したものの、故障に悩まされ、大学4年間は控え選手にも登録されなかった伊藤さんの競技力が開花したのは、大学卒業後のこと。「箱根駅伝はあと4回走る権利があるんです(笑)」と言う伊藤さんの、紆余曲折のランニング人生について伺いました。

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トラックレースで集団の先頭を走る伊藤さん(提供:住友電工陸上競技部)

遅れてやってきたブレイクの兆し

「(大卒で)今の自分ぐらいのタイムで走っている実業団ランナーのなかで、箱根駅伝のエントリーにも入っていないという人は、多分いないのではないでしょうか」

伊藤さんは、笑いながらそう話します。

「毎年、親が箱根駅伝を観ていて、昔から駅伝には親しみがありました。早稲田卒の渡辺康幸さんへの憧れもあり、高校も早稲田実業を選びました」

同級生に強い選手が揃っていた早稲田実業時代。2年次からはメンバー同士でトレーニングを工夫する様になり「自発的な練習への意識が身に付いたのはその頃でした」といいます。結果的に、早稲田実業は全国高校駅伝にも2年連続で出場を果たしました(※)。
※伊藤さんは2年次のみ出走

しかし、早稲田大に入学してからは困難の連続。故障を繰り返し、結果的には、箱根駅伝のメンバー入りはならず、エントリーも叶いませんでした。

「焦りからのオーバーワークでまた怪我をしての繰り返し。他人の目が気になって、走ることが楽しくなかったですね」と伊藤さんは振り返ります。

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Photo by Naoto Yoshida

卒業後に選択した進路は、早稲田大大学院への進学でした。

「大学で取り組んでいた、“パフォーマンスと睡眠の相関性”の研究を突き詰めたいという思いもあって。競技を続ける予定はなく、4月に開催予定だった長野マラソンを引退レースにしようと思っていました。そうしたら、東日本大震災で大会が中止になってしまった。他にエントリーできる市民レースもないし、とりあえず、すぐにエントリーできる日体大の長距離記録会に出場したら、5千メートルの当時の自己記録(14分34秒)まであと8秒くらいのタイムで走ってしまったんです」

次のレースで自己記録をあっさりと更新した伊藤さんは競技続行を決意。遅れてやってきたブレイクの兆しでした。

自己流のトレーニングで、5千メートル13分台

大学院に進学した伊藤さんは、自己流でトレーニングを開始します。授業・研究との両立を図る為に、練習は昼休みや早朝の限られた時間のみ。当時の月間走行距離は300km程度でしたが、「短い時間の中で、いかに強くなるかを常に考えていた」といいます。効率的な練習で着実にタイムを伸ばしていき、大学院2年の秋には5千メートルで14分の壁を突破します。「走ることが本当に楽しかった」と当時を振り返ります。

「今でこそ、大迫傑選手の活躍でナイキのオレゴン・プロジェクトが有名になっていますが、自分が大学院にいた当時、知名度は低かった。自分で調べて、そういうチームや、Flo Track(米国の陸上競技情報サイト)に掲載されているトレーニングを試したり。大学の時よりも先端的なことをやりつつ、1回1回の練習に集中しました。試行錯誤の連続でしたね」

当時の伊藤さんを支えていたモチベーションは、箱根駅伝にありました。「やっぱり箱根駅伝に出たかった。だから、怪我をしなければ走れる実力があったと証明したかったんです」

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Photo by Naoto Yoshida

渡辺康幸監督「和麻は勝手に強くなっていました」

充実の成績を残した伊藤さんは、大学院も無事に修了し、一般企業に就職して市民ランナーとして走り続けますが、約1年後に再度転機が訪れます。

「会社員時代は睡眠時間を削って走っていました。競技の伸びしろがまだあるという感触もあり、このまま勤めながら走っていても将来後悔すると思って」

行動に移したのは、実業団チームへの移籍でした。

「先輩の選手に話を聞くうちに移籍の決意が固くなって、竹澤健介さん(早稲田大卒、住友電工/在学中に北京オリンピック出場。2017年に現役引退)に連絡したんです。当時の住友電工はスカウトもこれからで、選手が足りない状況でした。『本気でやりたいなら』という竹澤さんのはからいもあり、トントン拍子で入社が決まりました」

その1年後に、渡辺康幸さんが住友電工陸上競技部の監督に就任し、師弟関係が復活。現在は東京を拠点にトレーニングに励んでいます。大学以来、再び伊藤さんを指導する渡辺康幸監督は、伊藤さんをこう評しています。

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渡辺康幸監督と早稲田大以来の師弟関係に(Photo by Naoto Yoshida)

「川内優輝くんが自己流のトレーニングで強くなっていますが、極端な話、それのトラックバージョンが和麻ですかね」

――伊藤さんの印象は?

「和麻とは計7年ぐらいの付き合いになります。非常に能力が高いのに、故障が多くて高校時代から“ガラスの脚”なんて言われてまして」

――自己流でトレーニングを開始してから実績を残し始めた伊藤さんを見て、納得感はありましたか?

「ありますね。『こういう練習をすれば走れるんじゃないか』というルーティンを確立している様に思います。勝手に強くなっていたので、今こうして一緒にやれていることに凄く縁を感じますね。彼は最先端のトレーニング方法を勉強していますし、様々な文献を読んでいて教養があります。キャプテンとしてもリーダーシップを発揮してくれていますよ」

“向かい風も、振り返れば追い風”

高校で全国大会に出場し、大学では学生駅伝に出走、そして実業団ランナーへ、という流れが、これまでの一般的な日本のエリートランナーの道であるとするならば、伊藤さんの歩んで来た道はかなり風変わりなものかもしれません。

しかし、試行錯誤の蓄積による、トレーニングノウハウ構築のプロセスは、伊藤さんにとって大きな自信となり、現在の実力となって表れています。

「たまたま調子が良い、というのは自分にはないんです。なんで結果が良かったのか、悪かったのかを毎回考えているので、『この練習をやれば調子が上向くだろう』という引き出しが自分の中に沢山あるんですね。だから、調子が悪い時は、引き出しをひとつずつ試していく。そうすれば、100%まで行かなくても、80%位にはなります。自分に才能があるとは思っていないので、そういう工夫で埋めていくという感じでしょうか」

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今年のニューイヤー駅伝でも好走した。写真右が伊藤さん(提供:住友電工陸上競技部)

最後に、今後の目標について伺いました。

「走りを極める、自分の限界を知ることが大きな目標です。今は60%位かな、と。タイムを常に伸ばし続けるだけではなくて、例えば40歳でどれ位走れるか、とか、そういった指標も重要です。だから、走れなくなるまで終わりはないんですね。自分の中では引退もない。競技生活を終えたとしても、自分は走り続けると思うので」

住友電工陸上競技部の選手紹介ページで、伊藤さんは座右の銘をこう書いています。

“向かい風も、振り返れば追い風”

異色の実業団ランナー、伊藤和麻さんの走りに、これからも注目です。

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(提供:住友電工陸上競技部)

伊藤和麻(いとう・かずま)1988年6月17日生。179cm、60kg。中学時代は全国中学陸上、早稲田実業時代は全国高校駅伝に出場。早稲田大競走部で箱根駅伝出場を目指すも、度重なる故障により4年間エントリーメンバー外。同大大学院卒業後、一般企業勤務の市民ランナーを経て、住友電工陸上部に入部。現在は同部の長距離チーム主将を務める。
◼主な実績
2011年:関東インカレ3部5千m、1万m優勝
2015年:ニューイヤー駅伝3区9位
2017年:全国男子駅伝7区13位、関西実業団対抗陸上1万m4位
2018年:ニューイヤー駅伝6区8位、大阪ハーフマラソン優勝
◼ベストタイム
5千m:13分50秒13/1万m:28分28秒92/ハーフマラソン:1時間2分10秒

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