ヒマラヤ踏破を足がかりに最大の目標へ! 縁に従い動き続けるウルトラランナーの夢とは

「棺桶に入る時は、笑っていたい」

幼い頃の佐藤良一さんが、作文に書き残した言葉です。

「家族、親戚は一流のサラリーマンでしたが、自分も同じ様に過ごすのは嫌だと思っていました。安定して変化がなく、つまらなそうに働いている様に見えたんです。家族の為に働いているわけで、仕事というのはそういうものだとも思っていましたが、魅力は感じませんでした」

〝安定への抵抗心〟を内に秘めながら生きてきた佐藤さんですが、その気持ちが表面化したのはウルトラマラソンを走り始めてからだと言います。

「あ、自分を表現できる場所を見つけた、という感じ。それまでは自分のダメなところを隠して、虚勢を張って生きてきました。人と関わるのが苦痛で、一人で自転車旅行をしたり、山登ったり。でも、ウルトラマラソンは虚勢を張っている場合ではないんですよ。ボロボロになるまで自分をさらけ出さないとできない競技。だからそれを走り切って、殻が破れたという感覚でしたね。フルマラソンを走っていた頃はまだ気取っていたと思いますが、ウルトラはごまかしがきかないんです」

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Photo by Naoto Yoshida

走る理由に答えは出ない。終わりなき問答

反骨心が原動力となり、自分自身の居場所を求めた先に辿り着いた超長距離レースという舞台。「この世界、向いてる」と感じたものの、ある問答への答えは出ないままでした。「ところで、俺はなぜ走っているんだろう」

「『これだ!』という答えは出ないものだと思っています。チベット文化圏と接してそう感じました。問答自体は永遠に続くんですよ。問いかけながらまた次に繋がっていくということです」

「様々なことを思考しながら走る。それこそが本来の走る姿ではないか」と言う佐藤さん。だからこそ、大勢の人が出場するレースは好みません。その中で、最も近しいランニングパートナーは妻の千夏さんでしょう。佐藤さんは、2008年のスパルタスロンゴール地点で千夏さんにプロポーズをして今に至ります。千夏さん本人も2014年の同大会を制限時間6分前に完走。ワンレースでの最長距離が計500kmを超える夫婦です。

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写真提供・佐藤良一

「まだ走れるから走る」。夢追い人が描く次なる目標

—奥さんとの夢は?

色々ありますね。ラダックとかネパールが好きなので、そこと関わる何かをやりたいなとは思っています。向こうに行ってするのか、向こうのものを日本に持ってきてするのか。お金を稼ぐことはあまり考えずにやってみたいなと思います。

—それは走ることを軸にした何かですか?

そうですね。最近、ネパールコーヒーに凝っていて。そのコーヒーを出しながら、山の中でランナーやサイクリストの為のステーションの様なものを作りたいなとも思っています。そこでの物品で今気に入っているのが、ネパールコーヒーの他に、ヒマラヤハーブのリップクリームとラダックのアプリコットオイル。これがとても良い。走っていると肌のケアも必要だし、落ち着くチベット風のコーヒー屋ができたら良いな、と

—それを現地で?

現地でも良いし、日本の丹沢かどこかでも良いし。ヤビツ峠とかでも。内装はネパールチックにしてね。自宅には現地で買い揃えてきたグッズが沢山あって、もはやお寺みたいになっている(笑)。早くこれを使いたくてしょうがないですね。

佐藤さんはそう言いながら、「まだ走れるから走りますけどね」と付け加えました。古戦に端を発するウルトラレース、そしてインド、ネパールの聖域を走り、次に見据える道程はどこにあるのでしょうか。

「海上からのエベレスト登頂ですね。僕が調べた中で、試みた人はまだいません。海抜ゼロからや、自転車でベースキャンプまで行ってそこからという人はいるんですが。一番大きな目標であり、いきなりは無謀なので、大きな弾みが必要です。挑戦の前に、それに繋がるような何かをしなくてはいけない。『トランスヒマラヤ』というレースがあるのですが、出場できなくても、一人で踏破したいと思っています。ネパールの端から端まで走るというもので、5,000mの峠を13回超えるんです。コース自体は知っていて、コース上の何箇所かは既に行ったことがあるので、土地勘はある。その分どれだけ過酷かも知っているけれど、できる自信はあるので、来年、再来年あたりに動き出そうと思っているんです」

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写真提供・佐藤良一

※トランスヒマラヤレース:正式名は『グレートヒマラヤントレイル』。標高5,800mのステージレース。総距離1,600km。累積標高差55,000m。

実践に次ぐ実践。ひとつを極めれば、見えてくる新たな山。躊躇なく足を向ける無尽蔵の好奇心。それは意識的なものではなく、そこにあるのは〝縁〟だったと言います。

「機会が巡ってきたり、人から見聞きしたら、僕の出番。『呼んだ?』みたいなね。僕の中では〝ピッパの法則〟というものがあって、ピッと閃いたらパッと行動する。そうでないと縁が過ぎちゃうから、判断は3秒以内ですよ」

人はなぜ走り始め、走り続けるのか。

答えはランナーの数だけあります。

佐藤良一さんという規格外のランナーは、「まだ走れるから」走り続けます。

いつの日か踏む海上と天頂を結ぶ道。たとえ健全な腰や心臓ではなくとも、彼の身体を支えているのは〝健脚〟以外の何ものでもないはずです。

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Photo by Naoto Yoshida

プロフィール

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写真提供・佐藤良一

佐藤良一(さとう・りょういち)1961年11月29日生。元テニスプレーヤー、現在フリーテニスコーチ。椎間板ヘルニアのリハビリで始めたランニングが高じてギリシャのウルトラマラソンレース、スパルタスロンを完走。後に遺伝性の心疾患の症状が本格化し、植え込み型除細動器を入れながらも、ヒマラヤの山岳レースを完走。ベンガル湾河口の海抜0mから、エベレスト登頂を目指している。(書籍情報:http://docue.net/archives/event/nazehashiru_shop

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