国体山岳縦走で鏑木毅選手と競り合いゴールも――〝マウンテンプレイヤー〟眞舩孝道さんインタビュー・中編

サロモン・スントを始めとして、多くの企業にスポンサードされながら、福島県を中心に活動する〝マウンテンプレイヤー〟眞舩孝道さん。前・中・後編で描く眞舩さんの半生記。中編では、フルマラソンを経て、山岳競技に目覚めるきっかけとなった出会いと葛藤について伺いました。

職場への1本の電話に「ときめいた」

福島県の私立高校に就職した眞舩さんは、勤務の傍ら、再起を狙って走り始めます。目標としたのは『東日本縦断駅伝』への出走でした。青森県庁から、東京・読売新聞本社を結ぶ55区間の都道府県対抗レースは、発着点の頭文字を取って『青東駅伝』と言われていました。学生ランナーも腕試しで出場していたこの駅伝に出走することで、眞舩さんは自らの実績にしようと考えたのです。しかし、現実は甘くありませんでした。

「社会人1年目は予選落ち。2年目こそはと、春先から地元のロードレースに毎週の様に出場していたんです。そうしたら、夏に1本の電話がかかってきました」

電話の相手は福島県山岳連盟のスタッフ。開口一番出てきたのは「山岳競技という種目が国体(国民体育大会)にあるんですが」という言葉でした。

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Photo by Naoto Yoshida

「ひとことで言うと『キミ、(山岳競技に)向いてるよ』と。存在は知っていました。国体の山岳競技に『縦走』という種目があったんですが、福島県にとってお家芸の様な競技。電話が来た時は、私が?という感じでしたが、『しっかりした身体つきで、毎週の様に安定して走っている人は他にいない』と言われて」

出場を狙っていた青東駅伝は、奇しくもこの年(2002年)を最後に閉幕しています。思わぬ形で現れた分岐路でした。

箱根駅伝への夢をも上回る「最上の喜び」

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