ビッグ3登場のベルリンマラソン、主役は“まさか”の初マラソンランナー
Sep 28, 2017 / EVENT
Apr 26, 2019 Updated
9月24日、ベルリンマラソンが開催された。今大会は“ビッグ3”のエリウド・キプチョゲ、ケネニサ・ベケレ、ウィルソン・キプサングが出場し、今までのベルリンマラソンで最も世界記録更新の期待がかけられていたが、その瞬間が訪れることはなかった。結果は、エリウド・キプチョゲが2時間03分32秒でベルリンマラソン2度目の制覇を果たし、マラソンの通算成績を9戦8勝 (Breaking2のレースは戦績に含まない)とした。今回のレースは雨模様となったが、彼の洗練された世界最高の走りは、いかなる悪条件下においても健在で、キプチョゲはマラソン世界最強の選手の座を揺るがないものとした。
主催のSCC EVENTSによるハイライト動画
雨のベルリン:波乱に続く波乱の展開
雨のベルリンマラソン ©2017 Steffen Hartz
レース前から降っていた雨は、近年では見られないベルリンマラソンの姿を演出した。優勝したキプチョゲは、「5kmを走った時点で世界記録は厳しい」と悟っていたという。その通り、レース中も雨は降り続き、路面には水たまりが多くみられていた。そのような悪いコンディションで、ペーサーたちと“ビッグ3”、そして、その他2人の選手が先頭集団でレースを進めていた。
先頭集団は5kmを14分28秒で通過した後、10kmを29分04秒(この5km14分36秒)、中間地点を61分29秒で通過した。ペーサーたちはベルリンの冷たい雨に打たれてしまい、“中間地点を60分45秒で通過する”、というシナリオを果たすことができず、世界記録への完璧な計画は水の泡となってしまった。さらに波乱は、それだけでは終わらなかった。23kmあたりでビッグ3の1人で、前回王者のケネニサ・ベケレが先頭集団から離れてしまった(ベケレはその後途中棄権)。
ビッグ3のドリームマッチがいとも簡単に終わりを告げた。さらに、波乱の続きは加速していった。その様子に、あっけにとられていたのは沿道の人たちだけではなかった。その後、30km地点をキプチョゲと初マラソンのアドラが1時間27分24秒で通過したその真後ろで、ビッグ3の2人目であるキプサングが突如止まってしまったのだ。キプサングはそこでレースを止めてしまった。ベケレもキプサングも雨に打たれて身体を冷やしてしまい、思い通りのレースが出来なかったようだ。
そこからは、誰もが予想していなかった展開、絶対王者のキプチョゲと初マラソンのアドラのマッチレースが始まった。
絶対王者vs新星:ケニアとエチオピアの意地の勝負
絶対王者vs新星の意地の勝負。最後の最後でキプチョゲが意地をみせた ©2017 Steffen Hartz
30kmからキプチョゲと競り合った、エチオピアのグエ・アドラは、2014年の世界ハーフマラソン選手権で銅メダルを獲得した実力の持ち主であったが、今回のレースが初マラソン。世界中の誰が一体、このキプチョゲとアドラのマッチレースを予想出来ただろうか。そして、このマッチレースを目撃していた誰もが、その後の展開はとして“キプチョゲの圧勝”を予想していただろう。しかし、アドラは絶対王者の貫禄の走りに対して、真っ向勝負を挑んだ。37km過ぎ、アドラがスパートをかけた。キプチョゲを含む、世界中の誰もが“まさか”と思った瞬間だろう。
しかし、このレースまでにマラソン8戦7勝の戦績を持っていたキプチョゲは、今までのマラソンで培った経験を活かして、落ち着いたレースぶりを見せた。「アドラがスパートした瞬間は驚いたけど、彼に追いつく事だけに集中した」と、大きく引き離されずその差をじわじわと詰めていった。素晴らしいマラソンのレースには、マッチレースがつきものである。絶対王者vs新星、ケニアとエチオピアの意地の勝負。その軍配は、絶対王者のキプチョゲに上がった。
雨に濡れたブランデンブルグ門を一番最初にくぐったキプチョゲは、2時間03分32秒のタイムで優勝。この男を破る選手が見られる日は、いつ訪れるのだろうか。2位でフィニッシュした初マラソンのアドラは、2時間03分46秒という驚異的な初マラソンのタイムを記録した。アドラの走りは、2時間02分57秒の世界記録を持つデニス・キメットが、2012年のベルリンマラソンでマラソンデビューした時の2時間04分16秒という、初マラソンの世界記録を30秒も更新する素晴らしい走りだった。
今回のベルリンマラソンにおいて、初マラソンのアドラの勇敢さは、称賛に値するだろう。もし、30kmを通過した段階でアドラが先頭集団にいなければ、レースはキプチョゲの独走となっていただろうが、コンディションが悪く、世界記録更新の望みが薄かった今回のレースで、名勝負も見られず、世界記録も出ない、そんな結末は誰も望んでいなかっただろう。
【2時間03分32秒で優勝したキプチョゲのラップタイム】
5km14:28 10km14:36 (29:04) 15km14:40 (43:44) 20km14:34 (58:18)
ハーフ61:29 25km14:32 (1:12:50) 30km14:36 (1:27:24)
35km14:40 (1:42:04) 40km15:04 (1:57:08) 42.195km2:03:32
熱戦にみられた足元の戦い:ナイキ vs アディダス
今年のロンドン世界選手権の男女マラソンのレースがそうであったように、今回のベルリンマラソンにおいても先頭を争う選手たちの足元に同じような傾向がみられていた。シューズである。ナイキvsアディダス、その争いはこのベルリンでも加熱していた。今年話題をさらっているナイキのシューズ、カーボンプレート入りのヴェイパーフライ4%のシューズに遅れをとらず、とアディダスも本拠地のドイツで黙ってられず、その狼煙を上げた。“adizero Sub2”の登場である。
今回のレースでキプサング、そして初マラソン世界新記録を達成したアドラが履いていた“adizero Sub2”は、キプサングが今年の東京マラソンで履いていた“adizero Sub2”シューズをアップデートした新型モデルであった。“adizero Sub2”の、その優れた機能性を世界に示したアドラの素晴らしい走りは、Breaking2など、今年ナイキに話題をさらわれていたアディダスが、本拠地で、その面目を保った意地の一撃だった。いずれ訪れるであろう“adizero Sub2”の発売が今から楽しみである(新型“adizero Sub2”発売のリリースは今のところない)。
日本人13年ぶりのサブテン:設楽悠太の実力
日本人選手にとってのマラソンのサブテン自体は珍しい事では無いが、海外レースとなるとその事情が異なる。日本人選手がベルリンマラソンでサブテンを記録したのは、渡辺真一が2004年のベルリンマラソンで記録した2時間09分32秒まで遡らないといけない。世界選手権や、オリンピックで善戦することが厳しくなった現在の日本男子マラソン界において、特に6大メジャータイトルのうち、東京を除いた、ロンドン、ボストン、ベルリン、シカゴ、ニューヨークシティマラソンで、日本人選手のサブテンがみれる事が非常に少なくなってきている。
高橋尚子、野口みずき、高岡寿成、瀬古利彦など、男女問わず日本の名ランナーたちは、海外のレースで活躍していた。今年の春には大迫傑がその壁をこじ開ける快走をボストンマラソンで見せた。しかし、ベルリンマラソンにいたっては苦戦を強いられていたが、今回のベルリンマラソンでその壁を13年ぶりに破った選手がいた。2時間09分03秒の堂々の自己記録で走り抜けた設楽悠太だ。
第2集団に果敢に挑戦した設楽悠太は、中間地点を62:57で通過した ©2017 Steffen Hartz
設楽は、スタートしてすぐ先頭集団には付いていかなかった(このコンデションでは、その判断が正しかった)が、中間地点を62分45秒で通過する事が予定されていた第2集団の前を走っていた。恐らく設楽は、走り出してからの感覚と、まわりの状況を見て柔軟に走り出したのであろうが、高岡寿成が持つ2時間06分16秒の日本記録更新を視野に入れた滑り出しのようにも見えた。その後、設楽は第2集団に吸収されてしまったが、そこからリズムを立て直し、中間地点を62分57秒で通過。今回と同じく、積極的なレースをみせた、今年の東京マラソンのような走りであった。
とはいえ、設楽はこのタフなコンディションのレースとあって、25km以降はそのペースを少しずつ落とす事となった。しかし、大きく失速することなく一歩一歩ゴールへ向かっていく。雨のベルリンは、設楽悠太に世界の大舞台での自信を与えた。ベルリンマラソンでの、日本人選手13年ぶりのサブテン、それは“設楽悠太の実力”そのものであった。ベルリンマラソンは、この13年年間で男子マラソンの世界新記録を5回も記録しており、超高速レースと化していた。現在のベルリンマラソンは、男女ともに日本人選手の墓場となりつつあったが、設楽自身が陸上競技を始めて数年も経たない13年前の姿=日本人選手のベルリンマラソンでのサブテン、その13年間のギャップを設楽は自分の実力で引き戻した。
設楽は2:09:03の自己記録で6位に入った。今後のレースにも期待が持てる ©2017 Steffen Hartz
設楽の今回のラップは、前半62分57秒 – 後半66分06秒=2時間09分03秒。彼が、前半61分55秒 – 後半67分32秒=2時間09分27秒で走った、今年の東京マラソンに似た“積極的な走り”であった。設楽の今後のマラソンでは、後半の落ち込みをもう少し抑えられるようになるか、あるいは、ネガティブラップ(後半のハーフのほうが速いこと)を叩き出せるようなレースに期待するファンも多いことだろう。そのような走りが見られれば、設楽にとっては、ハーフマラソンの日本記録更新に続いて、高岡寿成が持つ2時間06分16秒のマラソン日本記録更新を手中に収める可能性が近づいてくるだろう。
設楽の走り=ベルリンマラソンでの、日本人選手13年ぶりのサブテンは、全ての日本のマラソン選手に勇気と自信を与えた。日本のマラソン復活に向けて新たな一歩を刻んだといえるだろう。
フォトギャラリー
©2017 Steffen Hartz
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©2017 Steffen Hartz
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