「長距離選手に対する、一番の褒め言葉がなにかわかるか?」、ランナーの名作『風が強く吹いている』から学ぶこと
Feb 28, 2017 / COLUMN
Nov 08, 2018 Updated
みなさんは、三浦しをん著の小説『風が強く吹いている』を読んだことはありますでしょうか?ランナーのための小説として外せないこの1冊、マラソンなどの大会の前に読み返す、という方も多いかと思います。
『風が強く吹いている』は、小説として面白いだけでなく、走ることへのモチベーションを高めてくれたり、ランナーとして大切なことに気づかせてくれます。今回は、この小説の名場面を振り返りながら、ランニングの本質について学んでいきたいと思います。
ネタバレは含みませんので、まだ小説を読んだことがない方も、安心して読み進めてください。きっと『風が強く吹いている』を読みたくなるはずです!
「そう、駅伝。目指すは箱根駅伝だ」
物語は、寛政大学の学生寮、「竹青荘(ちくせいそう)」に、天才ランナーの走(かける)が入寮してくるところから始まる。竹青荘に10人目の入居者として走が入ったとき、寮を取り仕切る清瀬(きよせ)が動き出した。「これから一年弱、きみたちの協力を願いたい」、竹青荘に住む10人が集まった場で、清瀬はそう切り出した。他の竹青荘のメンバーは戸惑う。サッカーか?カバディか?と10人で行うらしき競技を言い合っていると、清瀬は告げた。「目指すは箱根駅伝だ」
こうして、寛政大学は箱根駅伝を目指すことになるわけですが、メンバーは竹青荘に住む寛政大学の学生10人のみ。そして走と清瀬以外はランナーではありません。むしろ、陸上競技をやったことがないメンバーが大半でした。清瀬たちの無謀とも言える挑戦が始まります。
最初の練習では5kmを走るのにも苦戦します。運動が嫌いなメンバーもいて、ゆっくりでも走りきれたら良いほう、歩くことも困難になってしまうくらいです。しかし、清瀬は我慢強く付き添いました。
そうして、苦戦しながら練習を続けていくうちに、メンバーは走ることの魅力に取り憑かれていきます。少しずつ自分の身体がランナーの身体に変わっていくこと、最初は全く走れなかった距離が楽に走れていくこと、10人のメンバーがお互いに刺激しあいながら同じ目標に向かって頑張っていくこと、それらの要因が10人を強く推し進めていきました。
ランニングを始めたばかりだと、どうしてもその楽しさがわからず、途中で続かなくなってしまうことも多いかと思います。そんな方は、この部分を読んでいくと、「走ることの楽しさ」というものを実感していただけるのではないでしょうか?また、シリアスランナーの方にとっても、走る楽しさの原点を思い出すきっかけにもなると思います。
このようにして初心者のメンバーも、日々の練習の中でぐんぐんとタイムを縮めていき、寛政大学として本格的に箱根駅伝を目指すようになっていきます。
「きみの価値基準はスピードだけなのか。だったら走る意味はない。新幹線に乗れ!飛行機に乗れ!そのほうが速いぞ!」
順調にタイムを縮めていく10人のメンバー。それぞれが昨日の自分を超え、より速く走れるようになっていく。そんな中で迎えた大学記録会。5,000mを走(かける)は14分9秒で走り、全体の中で3位に入賞。他にも15分前後で走れるメンバーが出てくる一方で、17分近くかかってしまうメンバーもいた。竹青荘でお互いの健闘を称える中、走はこの状況に焦りと怒りを覚える。「いまみたいにチンタラ走ってたって、箱根に行くことなんかできない!絶対に!それなのに、なんであんたらがのんきに酒盛りしてられるのかが、俺には理解できないね!」、そう言い放った走を、清瀬が怒鳴りつけた。「いいかげんに目を覚ませ!」
いつも温厚な清瀬が、メンバーがどんなに走るのが遅くても、我慢強く付き添って励まし続けてきた清瀬が、初めて怒りを露わにします。他人の頑張りをタイムでしか認めない走に対して、速さだけを求める虚しさを伝えたかったのです。
清瀬自身も、過去に速さだけを求めるあまり、膝を故障した経験があります。そして、陸上から離れるために寛政大学に入学、走ることを遠ざけていました。だからこそ、10人のメンバーで、全員駅伝で勝つために、箱根駅伝を目指したのです。
清瀬は、走を怒鳴りつけます。「みんなが、精一杯努力していることをなぜきみは認めようとしない!彼らの真摯な走りを、なぜ否定する!きみよりタイムが遅いからか。きみの価値基準はスピードだけなのか。だったら走る意味はない。新幹線に乗れ!飛行機に乗れ!そのほうが速いぞ!」、と。
多くのランナーにとっても、タイムは重要なものになるでしょう。タイムが伸びれば達成感が得られます、更に頑張ろうと思います、もしかしたら他の人から尊敬されるかもしれません。しかし、タイムだけを求めていくと、タイムからしか充実を得られなくなってしまいます。
走ることにはもっと大きな魅力があります。決してタイムだけが全てではありません。この小説では、そんな当たり前の事を思い出させてくれます。そして、清瀬に怒鳴られた走も少しずつ変わっていきます。
この場面は、物語の中で非常に大切です。10人のメンバーは、お互いに衝突しながら、ようやく1つにまとまっていきます。駅伝はチームスポーツ、走るときは1人でも戦うのは10人、そしてその10人を支えてくれる多くの人々です。10人のメンバーがチームになっていく様子を、ぜひ読んでいただければと思います。
「走りとは力だ。スピードではなく、一人のままでだれかとつながれる強さだ。」
厳しい練習の末に、遂に掴んだ箱根駅伝の出場権。10人の寛政大学のメンバーは、それぞれの想いを胸に、1月2日の箱根駅伝当日を迎える。それは、十人で挑んだ一年間の戦いの、終着点だった。同時に、箱根駅伝があるかぎり語り継がれる十人の、最初で最後の、激しい戦いのはじまりだった。
そうして、物語は箱根駅伝を迎えます。10人がそれぞれの区間を力強く走り抜けます。仲間のために、そして自分のために、世界で最もシンプルな、走ってタスキを繋ぐスポーツ、駅伝に死力を尽くしていきます。
箱根駅伝を走る中で、走(かける)は走ることの意味を見出します。走は高校時代、常に孤独でした。速く走れるが故のチームメイトの妬み、強制される練習と規律、それらに耐えかねて起こしてしまった暴力事件。走もまた、陸上から離れるために寛政大学に足を踏み入れたのでした。
しかし、10人のメンバーで挑んだ箱根駅伝で、1年間の練習の中で走は大きく変わりました。「走りは、走(かける)を一人にするばかりではない。走りによって、だれかとつながることもできる。走るという行為は、一人でさびしく取り組むものだからこそ、本当の意味でだれかとつながり、結びつくだけの力を秘めている。」、そのように直感するのです。
そして、清瀬の言葉の本当の意味を理解します。「長距離選手に対する、一番の褒め言葉がなにかわかるか?」「速い、ですか?」「いいや。『強い』だよ」と、清瀬が言った本当の意味を。
そして、1年に渡る竹青荘の10人の挑戦が幕を下ろします。その激しい戦いの行方は、ぜひ小説を読んでみてください。
「走る意味」とは何でしょうか?何年にも渡ってランニングを続けていても、明確に見出すことは簡単ではありません。しかし、もしかしたらこの小説を読むことで、その答えに少し近づけるかもしれません。
いくつかの場面を紹介してきましたが、これら以外にもたくさんの印象的な場面があります。それらも、ぜひ実際に小説を読んで感じてみてください。ランナーのみなさんにとっては、一度読んだら大切な小説になるのではないでしょうか。それくらいおすすめの一冊です。
時間がある時、ランニングのモチベーションを上げたい時、走ることが楽しくなくなってしまいそうになった時、ぜひこの『風が強く吹いている』を読んでみてください!
読むと走りたくなる! 書籍紹介
箱根駅伝「学連選抜チーム」の苦悩と葛藤、希望を描いた小説『チーム』
ランニングシューズ作りの裏側に触れる。池井戸潤 著『陸王』
ランニングと小説書きは“対極にない”、村上春樹氏が語る「走る理由」