日光東照宮スタート! アジアの『UTMB』目指す『日光国立公園マウンテンランニング大会』の未来

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紅葉のハイシーズンに世界遺産の地を走れる『日光国立公園マウンテンランニング大会』は、ランナーに人気の大会だ。今年で4回目となる同大会は、11月10日に開催される。
回を重ねるごとに各方面からの注目も高まっていて、5月には『第7回スポーツ振興賞』で、スポーツ庁長官賞を受賞。世界遺産である二社一寺(日光東照宮、日光二荒山神社、日光山輪王寺)や国立公園をコースにするなど、日光が持つ資源を最大限に活用していることが評価された。

この『日光国立公園マウンテンランニング大会』を立ち上げたのが、日光市出身の佐々木理人さんである。明治大学在学時には、体育会山岳部に所属。北米最高峰・マッキンリー(6194m,現デナリ)の登頂に成功し、登山家としての顔も持つ。

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佐々木さんに、大会が実現するまでの道のり、大会や日光の魅力、そして今後の展望について、じっくり話をうかがった。

まずは聞いてみようの精神で、あの日光東照宮を会場に

「日光東照宮スタート! アジアの『UTMB』目指す『日光国立公園マウンテンランニング大会』の未来」の画像日本有数の観光地である日光。中でも日光東照宮はあまりにも有名だ。日光東照宮を含む二社一寺の建造物と、周辺が織りなす文化的景観は、1999年12月に世界遺産登録をされた。紅葉が見ごろの時期となれば、国内外問わず大勢の観光客が訪れる。

そんな “特別な場所” を大会会場にするなんて、「まず無理」と考えてしまうのが普通だろう。昨年の第3回大会を走った筆者は、「本当にこんな厳かなところを走ってもいいのかな」と思ったほどである。だが、スカイランニングの第一人者である松本大さんから「東照宮の参道をスタート・ゴール地点にしたら? 」と提案を受けた佐々木さんは違った。 “まずは聞いてみよう” の精神で各所を訪ね、時間と情熱をかけてついには許可を得たのだ。

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「よく許可してくれたなと、それは今も思いますね。日光に若い人を呼ぼうと、二社一寺にもすごく協力してもらっています。実は、大会には二社一寺の方たちも参加してもらっています。コースの山道には修行道も含まれていて、若い人に日光の山を知ってほしいという思いもあるようです」

もっとも、大会実現に至る道程は、平たんではなかった。佐々木さんは「話をする相手は、ほとんどトレイルランニングを知らない人ばかりですからね。 なんで山を走るんだ?  という疑問に答えるところから始めなければいけませんでした」と、苦笑交じりに振り返る。

なかなか進展せず、「心が折れかけた時もありました」。それでも、ルートを探りながら頂上に向けて歩を進める登山家のように、佐々木さんは問題解決の道をロジカルに模索し、大会実現への階段を1段ずつ上っていった。

「そういうところは山登りで培ったものかもしれないですね。山を登っていると、自然と危険を察知する能力が養われるところがありまして……。立ち上げの最中も、これはいけるかなとか、ここは石橋を叩いたほうがいいなとか、自然と危機管理ができたような気がします」

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心強い援軍が佐々木さんをサポートした。地元・日光市出身のトップトレイルランナー・星野由香理さんだ。佐々木さんは「トレランを熟知した星野さんの言葉は、相手を説得する上で重みがありましたし、コースを設定する時は、プロの観点からのいろいろなアドバイスをもらいました」と話す。

また、地元のアウトドア事業の関係者も、様々な面で佐々木さんを支えた。ちなみに大会時期が紅葉のハイシーズンになったのは「狙ったわけでなく、たまたま、そのアウトドア事業のみなさんが、手が空く時期でした」

かくして2016年に、461人が参加して『日光国立公園マウンテンランニング大会』を初開催。評判が高まるにつれて参加者も増え、昨年は約1500人が日光の山々を駆け抜けた。ただ、今年は定員を1100人に縮小。佐々木さんは「現状ではこれくらいが参加者に満足してもらえる運営のキャパだと。運営のノウハウを積み上げたら、将来的には人数を増やすつもりです」と説明する。

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ところで、そもそもなぜ佐々木さんは『日光国立公園マウンテンランニング大会』を立ち上げたのか? きっかけは『平成27年(2015)9月関東・東北豪雨』だった。日光市でも24時間雨量として、10日の朝までに五十里で551.0ミリ、今市で541.0ミリなどを観測。各所に甚大な被害が及んだ。

当時の佐々木さんは、働きながらマッキンリーの厳冬期登山を計画していた。その1年前に、ネパールのアイランドピーク(6160m)の登頂に成功している。しかし、故郷の惨状と、復興に向かう姿を目の当たりにして、心が大きく揺れ動いた。

「地元に何か貢献できないか、という思いがこみ上げてきまして。ちょうどマッキンリー登山が、一緒に行くメンバーが参加できなくなって難しくなったこともあり、ならば自分が生まれ育ったところで、これまでの経験を活かしてみようと。何がいいかと考えたところ、日光は標高が高い山が連なっているのもあり、トレランの大会が浮かんだんです。

高校生の頃に縦走競技をやっていたので、なんとなく競技内容は理解していましたし、UTMFやOMMのスタッフとしてお手伝いをした時期もあったので運営も概ね分かっていました。トレランの経験は、社会人になって知人に誘われ出場した “OSJ安達太良山トレイルレース” を1度走っただけなんですけどね(笑)」

もてなしにも工夫を凝らし、参加者の約半分がリピーター

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佐々木さんの思いが端となって形になった『日光国立公園マウンテンランニング大会』。大会が始まってから、20代、30代の若い人たちが数多く日光を訪れるようになった。応援に来た人や大会関係者などを含めると、毎年、数千人に及ぶという。それまでは中高年層の観光客が多かっただけに、市も行政も嬉しい驚きを隠せないようだ。人がやってくれば、それだけ地域も潤う。『日光国立公園マウンテンランニング大会』は、日光の活性化にも貢献している。

参加者の評判もいい。それを裏付けるように、参加者の約半分はリピーターである。佐々木さんら運営サイドは、演出にも工夫を凝らしている。たとえば、開会式で毎回行われているのが、山伏がおこなう法螺貝の祈祷と、足尾和太鼓チーム『銅』による和太鼓の演奏。会場の厳かな景観と相まって、早朝の凛とした空気を切り裂く音色が、スタートを待つ参加者の心を奮い立たせる。

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エイドステーションの食べ物も人気だ。特に川治温泉の名物でもある、坂文精肉店のひと口サイズのコロッケは、ランで疲れた体を元気にしてくれる。2個3個と頬張る人も多く、参加者の中には「挟んで食べるため、パンを用意してくる人もいます」と佐々木さん。

また、ゴールした人には日光の手打ちそばが振る舞われる。日光の美しい水で作られる手打ちそばは美味しく、参加者の楽しみになっている。

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昨年は新しい試みもなされた。浅草駅から東武日光駅まで、直通の大会専用列車の運行である。これに乗れば、受付やコースの説明などが車内で行われるので、着いたらすぐに観光できる。大会専用列車には、星野由香理さんと福島舞さんという2人のトップトレイルランナーも乗車。トークショーでは、レースでの体験談や日頃の練習内容を披露し、車内を盛り上げた。今年も運行が予定されている。

今年は参加賞のTシャツも人気を呼びそうだ。オシャレランナーに嬉しい『ビームス』製だという。どんなデザインになるかは当日のお楽しみだが、大会後も着られるものになるのは間違いないだろう。

新たなプランを盛り込み、より意義のある大会にしたい

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すっかり秋の日光の風物詩になった『日光国立公園マウンテンランニング大会』だが、佐々木さんは先を見据えている。

「まだコースになっていない奥日光も入れて、100マイルレースにしたいと思っています(今年は40㎞と17㎞)。奥日光まで行くと、景観が全然違うんです。将来的には “アジアの『UTMB』” と呼ばれるような存在にして、海外から日光にたくさんの人が集まってくれたら、大会を通じて日光の魅力をもっと海外に発信できる。実は、今もタイからのツアーで、20人の方が参加されているんです。 ”100マイル構想” と並行して、もっと海外のランナーに来てもらえるグローバルな大会にするのも大きな目標です」

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“とりあえずやってみよう” の前向きなメンタリティーを持つ佐々木さんは、他にもいろいろ考えている。

「参加者の方に日光を知ってもらうには、日光の歴史を知ってもらうことも必要。それを知って走るのと、知らずに走るのでは、得るものも変わってくると思っています。今後はコミュニケーションの場も作りたいですね。昨年から、観光客や地元の人がビール飲みながら語り合う文化を作ろうと、東武鉄道や地元のみなさんと協力して、鬼怒川温泉駅前で『Nikko Beer Garden』という取り組みをしています。日光の有名どころを “走って旅をしながら” ビール片手に旅の思い出を語ってもらい、新しく人とのつながりを作ってもらえたら……と思っています」

さらには、山を守るための取り組みも計画中だとか。

「栃木の足尾には、旧足尾銅山の煙害などで荒廃してしまった山があります。緑が戻るには100年以上かかるそうです。ここに毎年、県内外のボランティアが数千人ほど集まって、苗木を植えているのですが、このボランティア活動に大会として取り組みができないかと模索しています。日光の山を愛してくれるランナーのみなさんにも参加してもらって、自分たちが走る山は自分たちで守るという意識を持ってくれたら、とも思っています」

どうやら佐々木さんが『日光国立公園マウンテンランニング大会』で目指している頂は、スポーツ庁長官賞を受賞した現在地より、はるかに高いところにあるようだ。

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さて、今年の『日光国立公園マウンテンランニング大会』は、すでに定員に達している。今からランナーとして参加する手立てはないようだが、もし大会の魅力を体感したいのなら、ボランティアという手段がある。たとえば、前日早くに日光に入り、紅葉を見ながらの観光とランを楽しみ、大会当日は、ボランティアの仕事が終わったら温泉に入る、というプランはどうだろう? もちろん、日光ならではの美味しいものもたくさんある。

日光があなたを待ってます!

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佐々木 理人●ささき・りひと。1989年7月7日生まれ。栃木県日光市出身。フュシス合同会社代表。
栃木県立宇都宮白楊高等学校では山岳部に所属し、インターハイや国体に出場。高校時代に冒険家の植村直己に影響を受け、植村同様に明治大学の体育会山岳部に入部。4年時の2011年には主将として北米最高峰・マッキンリー(6194m,現デナリ)の登頂に成功。卒業後も仕事をしながら海外登山に挑戦し、2013年にはK2(8611m)に挑戦。2015年にはネパールのアイランドピーク(6160m)の登頂に成功する。翌年9月の『関東・東北豪雨』を機に『日光国立公園マウンテンランニング大会』の構想を描き、2016年に第1回大会の開催を実現させた。

(写真 倉島 周平)

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