65歳で再び“サブ3”へ挑戦。弓削田眞理子さんが世界のトップランナーとして放つ光

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弓削田眞理子さん

世界初、60歳以上女性でフルマラソンのサブ3(3時間切り)を達成し、女性60歳以上のカテゴリーで元世界記録を持つ高校教諭の弓削田眞理子さん。高校教諭として陸上部長距離ブロックの顧問をしつつ、部員たちと一緒に現在でも月間600km近くの距離を走る。さらに、会話の10割がマラソンのことを占めるなど、自他ともに認める「マラソンをこよなく愛する」ランナー。同世代はもちろん、若い世代からも厚い信頼を得ている。

そんな弓削田さんの魅力の1つは、ストレートに物事を伝えてくれる人間らしさとも言える。輝かしい実績を持つ女性にも関わらず、まったく奢らずに等身大の姿をみせてくれる。日々シリアスにランニングを続ける筆者は、60歳という年齢を超えてなお走り続ける弓削田さんにはどのような世界が見えているのか知りたくなった。そんな弓削田さんがぐるぐると“ジョッグ”をする高校のグラウンドへ向かい、伺った。

なお、JOGやジョグと表記することが多いがあえて弓削田語録として『ジョッグ』と書かせてもらう。

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弓削田さんが勤務する高校のグラウンドでお話を伺った

雨の日も風の日も外を走り続けるその理由

取材先の高校のグラウンドに着くと、弓削田さんが出迎えてくれた。

「驚くでしょ。都内とは違って土のグラウンドで、1周270mくらいなの。300mならいいのにペースを計算するのが大変なのよ。あと土だからボコボコでしょ。ここで部活の生徒達とも練習してるのよ」

いたずらっぽく言う弓削田さん。さらに聞くと「トレッドミルとかあるじゃない?私走ったことなくって」

月間600〜700kmを走るとすると雨や強風の日はどうするのか。そんな疑問は次の言葉で吹き飛ばされた。

「雨風?何いってんのよ、雨でも風でもレースはあるでしょ!」

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ランナーの端くれとして、弓削田さんの言葉に思わずハッとさせられた。スタートから見事に“弓削田ワールド”へと引き込まれ、そのままジョッグに合流した。

小柄な身体から明らかに放たれるエネルギー

なぜ65歳(2023年12月取材当時)の今でもそれほどストイックに走り続けられるのか。

誰しもが感じる疑問をストレートにぶつけてみると、「目標があるからね。あとなんか走らないと気持ち悪くって」と弓削田さんは答えた。

ある程度走っているランナーなら、まあそうだよなと感じる回答が返ってくる。

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前を向いてジョッグをしているとそこで会話を終わりにしたくなるのだが、ふと横を見て、それが65歳のランナーから発せられている言葉だと考えると、少し混乱してフォームがおぼつかなくなる。

そこからも弓削田ワールドはとどまることを知らない。

「あなたの履いているシューズいいわね、ちょっと見せてよ」

「今日いただいたこのギアはなんてブランドなの?どこで作られてるわけ?」

「この間低酸素ジムを紹介してくれたじゃない?気に入っちゃってもうちょっと教えてよ」

「ずっとレースでは某シューズを履いているんだけど、あれの新作ってどうなの?他ブランドも最近見るけどあれは?」

「今日はこのあと温泉で疲労をとって、明日は鍼をして週末マラソンに挑戦するの」

トラックをジョッグしながら聞く話はちょっとしたインターバルよりも息切れをおこしそうになる。

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そうなのだ、弓削田さんに会った方々がよく言うように『走るエネルギー』、いや『生きるエネルギー』が注がれているといっても過言ではない。

エネルギーの源泉。世界のトップランナーとしての光

ここで1度話はそれるが、2023年10月8日に開催されたシカゴマラソンで、アメリカの60歳女性ジェニー・ヒッチングスさんが2時間49分43秒をマーク。弓削田さんのマスターズ女子60-64歳の当時の世界記録(2時間52分13秒)が破られた。

このことについてどんな反応をされるかおそるおそる触れてみると、弓削田さんのエネルギーの源泉の輪郭がおぼろげながら見えてきた。

「記録こされちゃったわよね。でもね、本当かどうかわからないけど、そのジェニーさんが言ってたんですって。“MARIKO YUGETAがJAPANにいる”って。そこで思ったのよ。ちょっと偉そうな言い方になっちゃうけど、多くのランナーの先導車であり、光のようになれているのかもしれないって。世界よ、世界!ちょっとかっこいいじゃない」

「後付けにはなるけど、思えば『弓削田さんと走りたい』っていいながら集まってくれる弓削田塾にも100人くらいランナーがいるし、何よりこの校庭で一緒に練習する生徒よね」

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弓削田先生として見せる背中

弓削田さんを慕う市民ランナーはもちろんその光に照らされているわけだが、最も強い光を浴びているのは、弓削田先生のもとで練習する生徒たちだ。

「夏でもこの校庭でインターバルよ!10本の設定ができなかったら?1度休んでもう1本追加するのよ。距離を短くしてね」

聞いているだけでオールアウトしたくなるような言葉が並ぶ。最近の若者はそのようなスパルタ指導ではついてこないと聞いたことがあるが、それでも生徒はついてくるのだろうか?

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「よくそう聞くけどね、私は教員を40年以上やってきて昔も今も本質は変わらないと思うわ。その子と真正面から向き合って、本気で見てあげることよ。そうしたら生徒だって自分のために言ってくれているんだって気がつくでしょ」

「私が現役のランナーというのも大きいと思うわ。私がどんな日でもこの校庭をぐるぐると走っている。その背中を見ているんだから生徒だって言い訳しようがないのよ(笑)。だからねうちの部員は1人がメニューから脱落して、休んでもう1本追加となると、クリアした他の生徒も自らもう1本走るのよね」

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弓削田さん(左)と筆者(右)

65歳のチャレンジャー、再びサブ3に挑む

そんな弓削田さんの今の目標はどこにあるのか。改めて聞いてみると、またもや本気の答えが返ってきた。

「65歳で挑むサブ3だね。今65歳以上の世界記録はもっているの。でも、世界記録でサブ3じゃないっていうのもちょっとアレじゃない。なので65歳以上の世界記録をサブ3以上で樹立する、というのが今の私の目標ね」

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当然、その後にどうやってその目標を達成するかという淀みのないマラソントークが繰り広げられる。そしてこの記録が遅かれ早かれ達成されることは、弓削田さんの学校に置かれたシューズの数々を見ると疑う余地もない気がする。

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65歳、再びサブ3達成へ。世界のトップランナーとして光を照らし続けてきた弓削田眞理子さんの挑戦はこれからも続く。

【編集後記】

なお、この取材の数日後、弓削田さんはフルマラソンに出走し、3時間3分台という記録を残した。目標には届かなかったものの目標に着実に近づいていることを証明するタイムである。弓削田さんに労いのメールを送るとこんなメールが返ってきた。

「ちなみに今日(フルマラソンの翌々日)は仕事休みなので、近くの山へ走りに行きました。疲れた脚にさらに刺激を入れることが重要。日曜日のフルマラソンは30km以降ペースダウンしたので、さらに強靭な脚を作る必要性を感じました」

目標が足音とともに着実に近づいてくるのを感じずにはいられない。

(文・写真:佐久間健太)

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