「いつか」ではなく「今」挑む。世界6大マラソンを3年で走破した37歳会社員の物語
Jun 05, 2026 / MOTIVATION
Jun 05, 2026 Updated

「いつかではなく、今しかできない挑戦をしたい」そう決意した37歳の会社員が選んだのは、世界最高峰のマラソンシリーズ『アボット・ワールドマラソンメジャーズ』の走破でした。
『アボット・ワールドマラソンメジャーズ』とは、世界を代表する都市型マラソン大会で構成されるシリーズ。挑戦した当時は、東京、ニューヨーク、ロンドン、シカゴ、ベルリン、ボストンの6大会が対象でした。現在はシドニーマラソンが加わり、計7大会で構成されています。
仕事との両立や資金の工面、海外遠征ならではのコンディション管理に向き合いながら、約3年をかけて世界6大マラソンを走破した市民ランナー・恩田渉さん。今回は挑戦の舞台裏と、走破したからこそ見えた景色について話を聞きました。
ランニングから離れていた会社員が、世界6大マラソンに挑んだ理由

恩田さんは学生時代、陸上競技の長距離種目に取り組んでいました。しかし社会人になってからはファストフード店で店長として働き、ランニングから離れていたといいます。
転機となったのは2023年の東京マラソン。会社の勧めでチャリティーランナーとして出走し、走る楽しさや沿道からの応援に魅了されました。
東京マラソンの公式サイトで『アボット・ワールドマラソンメジャーズ』の存在を知った恩田さんは「いつかではなく、今挑戦したい」と世界6大マラソン走破を決意。約3年にわたる挑戦が始まりました。
「達成感と寂しさが半々だった」ボストンで迎えたゴール

東京マラソンに続き、2023年11月にはニューヨークシティマラソンに出場。続いて2024年4月にロンドンマラソン、同年10月にシカゴマラソン、2025年9月にベルリンマラソンを完走しました。
そして2026年4月、挑戦の最後に選んだのが、世界最古の市民マラソン大会であるボストンマラソン。過去に『アボット・ワールドマラソンメジャーズ』を走ったランナーの多くが「一番良かったのはボストン」と口を揃えることから、恩田さんも「最後はボストンで締めたい」と考えていたといいます。

現地では、ボストンマラソンのジャケットを着て街を歩くだけで多くの人から声をかけられたそう。レース当日も郊外のコース沿いまで大勢の観客が集まり「街全体がランナーを歓迎してくれているようだった」と振り返ります。

そして迎えたゴールの瞬間。世界6大マラソン走破という夢が現実となりました。胸に去来したのは「達成感と、挑戦を終えた寂しさが半々」という思い。多くの人に称えられ、抱きしめられるなかで、約3年間の出来事や苦労が一気によみがえったそうです。
転職、時差ぼけ、日本食持参。世界6大マラソン走破の裏側

『アボット・ワールドマラソンメジャーズ』走破に向けて、恩田さんが最も苦労したのは仕事との両立でした。
当時はファストフード店の店長として多忙な日々を送っていたため、挑戦に必要な資金は蓄えられていたものの、海外遠征やトレーニングの時間を確保することは容易ではなかったそう。そのため、時間や休日に余裕のある働き方を求めて転職を決意。「走破を目指すうえで、転職は大きな一歩だった」と振り返ります。

また、食事や時差ぼけへの対応にも苦労したという恩田さん。現地の食事が合わず本番で力を発揮できない事態を避けるため、インスタントのライス・ヌードル食品、お茶漬けの素などを日本から持参。持ち込み可能な食品を事前に確認し、食べ慣れたものを確保するようにしていたそうです。
さらに、現地到着後は夜中に目が覚めてしまうことも少なくなかったとのこと。レースの2〜3日前に現地入りするケースも多く、飛行機内での睡眠調整や本番までのコンディションづくりには毎回気を遣っていたと話します。
恩田さんが選ぶ、世界6大マラソンの魅力ランキング

それぞれに異なる魅力がある世界6大マラソン。すべて走り抜いた恩田さんに、独自の視点で選んだ「おすすめの大会ランキング」を教えてもらいました。
1位はボストンマラソン。街全体でランナーを迎えてくれる温かな雰囲気が最も印象に残った大会だったといいます。
2位はニューヨークシティマラソン。人種や文化の異なる地区を駆け抜けるコースが特徴で「走りながら世界旅行をしているようだった」と恩田さんは振り返ります。夜遅くまでランナーへ声援を送り続ける観客の姿も印象に残ったそう。

3位はロンドンマラソン。「タワーブリッジやバッキンガム宮殿など、ロンドンを象徴する歴史的建造物の前を走れる点が魅力」と話します。
4位はベルリンマラソン。ブランデンブルク門をはじめ、街並みの風情を感じながら走れる大会だったそう。一方で2025年大会は気温が高く給水ポイントの少なさもあり、厳しいレースになったといいます。

5位はシカゴマラソン。コースがフラットで走りやすく、当時の自己ベストとなる2時間43分30秒でゴールした恩田さんにとって思い出の大会です。
6位は東京マラソン。慣れ親しんだ街での開催ということもあり順位こそ6位ですが、沿道の応援や都市型マラソンならではの盛り上がりが印象に残っていると話します。
「ぜひ一度は海外レースへ」恩田さんが伝えたいこと

『アボット・ワールドマラソンメジャーズ』を走破した今、「挑戦した自分を誇らしく思えた」と語る恩田さん。より多くのランナーに海外レースの魅力を知ってもらいたいと話します。
恩田さんがとくに印象に残っているのは「知人だけでなく、すべてのランナーを応援する文化」。レース当日は沿道から惜しみない声援が送られ、ランナーと観客の距離の近さも印象的だったといいます。

また、ニューヨークやロンドンでは日常的に多くの人が走っており、日本以上にランニング文化が根付いていると感じたそう。そうした街の雰囲気に触れられることも、海外レースならではの楽しみだと話します。
最後に「もし『アボット・ワールドマラソンメジャーズ』走破に挑戦してみたい気持ちがあるなら、ぜひ背中を押したい」と語った恩田さん。今後もさらなるタイム向上を目指しながら、国内外を問わずさまざまな大会へ挑戦していきたいと話しました。
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