2019年1月3日

「ネットにない出会いがある……」ランニング探索の魅力を語るパクチーハウス東京の創立者

「「ネットにない出会いがある……」ランニング探索の魅力を語るパクチーハウス東京の創立者」の画像

今年4月に行われた北極マラソンで、フルマラソンの部に出場し、男性部門でアジアチャンピオンとなった佐谷恭さん。

過去には、2014年に南アフリカのコムラッズマラソン(89km)、2015年にはモロッコのサハラ砂漠マラソン(250km)、そして2016年にはロシアバイカル湖氷上フルマラソン(フル)に出場し、走破した経験を持つ。

ただ、佐谷さんは、ひたすら自らの限界に挑むランナーではない。ランニングに対し、従来のカタチにとらわれない豊かな発想を持つ。2012年には、日本で初めて『シャルソン(ソーシャルマラソン)』を開催。走る距離もコースも自由で、決められた時間にゴール地点に到着することを基本のルールとするこの『シャルソン』は、新しいマラソンイベントの形態として、全国で広がりを見せている。

旅をするように走り、そこでの出会いや発見を大切にしている佐谷さんに、自らのランニングに対する考え方を語ってもらった。

走りながら“探索”すると、“検索”では出会えない発見がある

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食通の読者なら、佐谷さんは『パクチーハウス東京』のファウンダー(創立者)と言った方が通りがいいかもしれない。2007年、当時はまだマイナーな野菜の1つだったパクチーの専門料理店を、世界で初めて、世田谷・経堂にオープンさせた。周囲の心配をよそに、店は連日賑わいを見せて大繁盛。『パクチーハウス東京』は、パクチーがヘルシーでオシャレな食材であると世に広く知らしめる情報発信基地になった。世界初のパクチー料理専門店を連日満員にできた理由は、近日発売される新書にて。平成を振り返るある調査によると、平成に“流行った野菜” “代表する野菜” “定着した野菜”の3部門で、パクチーがいずれもトップになっている(『パクチーハウス東京』は経営順調な中、2018年3月に惜しまれつつ閉店。現在は「無店舗展開」中で、世界のいろいろなところでポップアップ営業をしている)。

いわばパクチーの啓蒙者である佐谷さんが、ランニングを始めたのは35歳の時、2010年のことだ。
「それまでは、走るのが大嫌いで、あんな苦しいことに何の意味があるのか、と思っていました」
だが、『パクチーハウス東京』で行われたウルトラマラソンの講演を聞き、1度だけ走ってみる気に。
「走ることについては、依然として興味がなかったのですが、“走ることを通じて得たもの”という話に興味がひかれまして」と振り返る。

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いきなり、自身最長距離になる10キロを走ってみた。ゆっくり、ゆっくりと。「当時はかなりのビール腹になっていた」そうだが、不思議と疲れは感じなかった。もしかしたら、疲れるほど体が動かなかったのかもしれないが、ゆっくり走ると、とても気持ちが良かった。その日から、時々走るようになった。
「頑張ると、疲れて走りたくなくなりますが、世界一になるのを目指しているわけではないので(笑)。ゆっくり走って景色を楽しみ、新しい店を見つけたら入ってみる。今もそんな走り方をしています」

仕事などの「移動手段はほぼランニング」という佐谷さんは、月間300キロとかなりの距離を踏む。しかし、走るコースは常に違う。たとえ目的地が同じであっても、だ。
「いろいろなところに行って、その街の空気を感じたいので。それと、今はネットで何でも見つけられますが、ネットではわからない情報もたくさんある。僕は“検索”より“探索”が大事だと思っています。ランニングを通して探索することで、ネットでは出会えないものに出会うことができるんです」

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学生時代から旅好きだと言う。これまで訪れた国は50か国以上に及ぶ。
「旅人が増えると、世の中が楽しくなります。旅に出て、多くのものや景色を見聞きして、出会った人と交流するのが旅の醍醐味です」と話す。佐谷さんにとって、ランニングもまた、旅なのである。

愛してやまないパクチーの店をオープンしたのも、店を流行らせたかったからではなく、“旅人”と話をしたかったから。パクチー専門店だったら「世界中から旅人が訪れるきっかけの場所になる」と。旅人と話せば、発見があり、それは仕事にも人生にも役立つと考えたからだった。

メドックマラソンでの楽しい体験がランナーとしての転機に

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佐谷さんのパクチーへの愛は、『パクチーハウス東京』閉店後も変わらない。取材日、鮮やかなパクチーカラーのウェアを身をまとい、よく見ると、眼鏡もパクチーを意識したデザイン。スマホカバーもパクチー調だった。
ちなみに、体感温度がときに-40℃前後にも達するといわれている北極マラソンに出場しようと決めたのも、北極点が北緯89度、つまり、パクチー(paxi)のパク(pax)=89だから。他にも、距離が89キロという理由で、世界最古のウルトラマラソンとされるコムラッズマラソンに出場するなど、パク=89にまつわる話がたくさんある。サハラマラソンに出場する際は、そのトレーニングとして、浅草から箱根湯本までの89キロを走ったという(PAXはラテン語で平和という意味があるそうだ)。

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佐谷さんにとって、ランナーとしての転機になったのが、2011年のメドックマラソンへの参加だった。メドックマラソンをご存知ない方に説明すると、メドックマラソンは赤ワインで有名なボルドー、メドック地方で、ぶどうの収穫直前の9月に開催されるフルマラソン。例年、約8,500人の仮装ランナーが、美しいぶどう畑の中に設定された1周コースを走る。エイドステーションでは、自慢のワインもふるまわれ、オイスターやステーキ、チーズ、ハムといった給食を楽しめるポイントも。世界中のワイン好きランナーや、楽しむことが大好きなランナーに大人気の大会だ。

もっとも参加する前は、メドックマラソンに対して、「ワインを飲みながら走る酔狂な大会」というイメージを持っていたようだ。それが参加してみて、大きく変わる。

「給水ポイントではワインがグラスで出てくるので、知らない者同士で乾杯したり、会話したりというのが、あちこちで、ごく自然に起こる。メドックマラソンは走りながら飲むことよりも、こういう楽しいコミュニケーションが取れることが、一番の魅力だと感じたのです」

もともと1度だけの参加にするつもりだったが、この魅力を多くの人に伝えようと、『パクチーハウス東京』のお客さんに声をかけ、『パクチー・ランニング・クラブ』を創設。その仲間とともに、翌年以降も毎年、メドックマラソンに出ている。そして、そのランニング・クラブのメンバーから刺激を受けたことが、海外のウルトラやアドベンチャーレースに出場するきっかけになった。
佐谷さんが日本で初めて、走ることを通じてマチを再発見し、人と人とがつながることを趣旨とする『シャルソン(ソーシャルマラソン)』を開催したのも、着想は日本でメドックマラソンをやってみたかったから。

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「ああいう大会があると、日本がとても楽しくなるのでは、と思いまして。とはいえ、泥酔はしてないまでもワインを飲んで公道を走るとなると、各所の許可を得るのが難しい。ならばコースを定めずに、15人程度の少人数で朝ランのように各自で走り、2時間以内に定められたところにゴールすれば……と。たどり着いたカタチがシャルソンだった、というわけです」
今やシャルソンは、全国各地で様々なカタチで行われ、町の活性化にも一役買っている。

次はどんなことを考えているのだろう。取材の終わりに訊ねると、こう答えてくれた。
「僕は今、月に300キロ走っています。ガチではないので、体力的には大変ではないものの、ポイントはいかにその時間を作るか。月に300キロ走っている人は、世界中を見渡してもごくわずかしかいないそうですが、みんな走るために時間を割いているわけです。レベルはまちまちでしょうが、きっと面白い人たちばかりなのでは。そういう人たちといっしょに仕事をしたら、何か面白いことができるのでは……そんなことを思っています」

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佐谷 恭(さたに・きょう)1975年3月10日生まれ。神奈川県出身。
1998年京大卒。2004年英ブラッドフォード大大学院修了。富士通、ライブドアなどを経て、2007年に株式会社旅と平和を設立し、代表取締役に就任。同年、世界初のパクチー料理専門店『パクチーハウス東京』をオープン。2010年より東京初のコワーキングスペースとなる『PAX Coworking』を運営している。主な著書に『ぱくぱく!パクチー』(情報センター出版局)、『みんなで作るパクチー料理』(スモール出版)がある。ランナーとしては2010年に走り始め、翌年、パクチー・ランニング・クラブを創設。サハラマラソンなどの海外のアドベンチャーレースに挑む一方で、メドックマラソンに着想を得て、2012年に日本で初めて、『シャルソン(ソーシャルマラソン)』を開催。新書 「ありえない」をブームにするつながりの仕事術: 世界初パクチー料理専門店を連日満員にできた理由(絶版新書) を出版。

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