トレイルランニング業界の「驚異の新人」、上田瑠偉のデビュー秘話に迫る

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ベテランの活躍が目立つトレイルランニング業界で、その存在感を年々強めている23歳の上田瑠偉選手。2013年の『日本山岳耐久レース(ハセツネCUP)』(71.5㎞)では20歳の若さで5位入賞を果たし、14年には驚愕の大会新記録(7時間01分13秒)で初優勝。〝驚異の新人〟として一躍脚光を浴びました。

そんな上田選手は今季も絶好調。4月には「ハセツネ30k」「Korea 50k(韓国)」と連勝を飾り、国内外で活躍を続けています。そんな若手のホープに、トレイルを始めたきっかけやその魅力、今後の目標について語っていただきました。

不調を乗り越え、今季も国内外で連勝を重ねる

「トレイルランニング業界の「驚異の新人」、上田瑠偉のデビュー秘話に迫る」の画像先日行われた「Korea 50k」(韓国)で見事優勝を果たした上田瑠偉選手 [写真提供=ご本人]

――4月は2日に「ハセツネ30k(17㎞)」、23日に韓国遠征「Korea 50k(59㎞)」と連続優勝を果たしましたが、まずはこの2レースを振り返っていただけますか?

まず、その前に2月、3月と調子を落としていまして、全然足が上がらない、スピードが出せない、という感じがずっと続いていたんです。ようやくまともに走れるようになったのがハセツネの2週間前かな。そこから徐々に強度を上げてのレースだったので、まさか勝てるとは思っていませんでした。さらに今年は(ハセツネ30kが)17㎞に距離が短縮されて、コースの6~7割がロードという高速レースで、余計自信がなかったですから……。練習が積めていない中で勝てて本当に良かったです。

――17㎞という距離は上田選手的に苦手意識があるのですか?

短すぎて、あまりトレイルでは出たことのない距離ですね。しかもロードの強い選手が出てくるということで、戦略としてはそういう選手たちにひたすら付いていこうと(笑)。あのレースはアベレージでキロ4分を切っていましたからね。トレランのレースではありえないことです。

――その流れでの韓国遠征はいかがでしたか

初めて韓国に行ったのですが、いろいろ文化に触れて、食事も美味しかったです。コースは「日本と似ているようで違う」というのが印象的ですね。景色も山の近くにビルが建っていたり、コースはバリエーションに富んでいて、岩場みたいな所もあれば、川を何度も渡ったりもして。終始楽しく走ることができましたね。

――その後はゴールデンウィーク中にも大会に出場したそうですね

はい、5月3日に「UEDA VERTICAL RACE(5㎞)」に出場しました。「スカイランニング」という競技のバーティカル種目で、ユース(U23)日本選手権に位置付けられている大会です。距離は5㎞なんですけど、累積標高は1000m。結果としては総合2位で、ユースの部では優勝することができました。去年は総合3位でユースの部でも2位だったので、成長があったのかなと思いますね。

駅伝で全国優勝を経験、名門校のキャプテンへ

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――23歳以下の日本一となった上田選手ですが、そもそも最初に走り始めたきっかけを教えていただいてもよろしいですか?

初めて競技会に出たのは小学校3年生の時で、地元の陸上大会でした。小学生の部の1000mに出場して、大会前に朝練習をしていたのを覚えています。それまでは小学校1年生からサッカーをやっていまして、中学3年生まで9年間。中学ではクラブチームでサッカー、部活動で陸上部に所属していましたが、あくまでも陸上は体力作りの一環という位置づけです。でも陸上の成績がどんどん伸びていって、中3の時には都道府県対抗駅伝(※)の長野県代表に選ばれ、全国優勝(大会新)を果たすことができました。

※都道府県対抗男子駅伝・・・毎年1月に行われ、中学生2人、高校生3人、社会人2人で構成される駅伝の全国大会

――そして高校は名門・佐久長聖高校へと進学することになります。佐久長聖は上田選手が入学する前の年(2008年)に全国高校駅伝初優勝を果たし、2学年上には先日ボストンマラソンで3位に食い込んだ大迫傑選手(現・Nike ORPJT)も在籍していました。入学後の印象はいかがでしたか?

ちょうど僕たちが入学する年に一般寮から駅伝部専門の寮になりまして、「新築で綺麗だな」という第一印象ですね(笑)。でも「辛い」とか「キツイ」とか「脱走する人もいる」というマイナスな話も聞いていたので、そういう逃げ道を自ら無くすために学年責任者に立候補しました。

「トレイルランニング業界の「驚異の新人」、上田瑠偉のデビュー秘話に迫る」の画像高校時代の上田選手(左)、[写真提供=ご本人]

――当時3年生の大迫選手はチーム内でどんな存在でしたか?

すごくストイックな方で、何でも1番にならないと気が済まないタイプでしたね。下駄箱もロッカー番号も1番だったり、練習が終わって1番最初に食堂に入って、1番最初に食べ終わったり……。普段の生活から1番にこだわっていました。

実は昨年オレゴンのレースに出た際に、大迫さんと食事をする機会があって、高校時代ぶりにお話をしたんです。当時は怖いというか、ピリピリしているという印象だったんですけど、今はそんなことなかったですね(笑)。大迫さんの活躍は自分の励みにもなります!

――そんなチームの中で3年時にキャプテンに就任しました。

走りの部分ではケガが多かったのもあり、1500mと3000mは中学時代のベストすら更新することができませんでした。でも先生方からは人間力を買われていて、高校2年で副キャプテン、3年ではキャプテンを任せていただきました。

――全国屈指の強豪校のキャプテンは相当な重圧だったのではと思うのですが、ご自身ではどう感じていましたか?

自分が生活面でしっかりしていないと後輩に示しがつかないので、自分に厳しくしていました。卒業してから当時の後輩に会うと、だいぶ怖がられていたみたいで、それだけキャプテンらしく振舞っていたのかなと思いますね。ただ佐久長聖の選手としては結果が出せていなかったので、「キャプテンなのに走ることができない」という葛藤はありました。

――ちなみに高校時代の5000mのベストはどのくらいだったのですか?

16分01秒です。高校に入る直前の3月に5㎞のレースを15分58秒で走っていたので、中3の時より遅いです(笑)。本当に3年間ずっとケガを抱えていて、走れても3ヶ月くらい。貧血やシンスプリント、疲労骨折などを繰り返していました。

トレラン業界がざわついた衝撃のハセツネデビュー

「トレイルランニング業界の「驚異の新人」、上田瑠偉のデビュー秘話に迫る」の画像写真提供=ご本人

――そこから大学でトレイルランニングを始めることになりますが、そこの経緯を教えていただいてもよろしいですか?

指定校推薦で早稲田大学に入学することができて、親や担任の先生からは「体育会に入るべき」と言われていました。でも佐久長聖よりも厳しい環境でやるとなると、僕はもうケガはしたくなかったですし、「サークル(同好会)に行きたいです」と。過去には早稲田の陸上サークルで5000mを14分30秒で走り、筑波大大学院に移ってから関東インカレ3部優勝を果たした佐久長聖の先輩もいたので、高校の先生も賛成してくれました。

トレイルランニングを始めるきっかけは、高校時代にBORN TO RUN 走るために生まれた』という本に出会ったことです(携帯禁止・漫画禁止では読書くらいしかすることがなかった……)。

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松永貴允が執筆した記事

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