2016年10月15日 INTERVIEW ランナー

女子1500mの日本記録保持者・小林祐梨子さん、思い出のレースは「高校駅伝」

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2008年の北京オリンピック女子5000m日本代表といえばこの人。兵庫の地から世界の舞台へと羽ばたいた小林祐梨子さんです。2015年に現役引退をしてからというもの、現在は自身の経験を基に全国各地で講演活動やゲストランナーとして活躍中です。

そんな小林さんですが、現役時代を回想するとともに、今のお気持ちを率直に話していただきました。素直で、かつパワフルなキャラクターの彼女ですが、力強い言葉で未来への希望を語っていただきました。そして「いつも市民ランナーの皆さんから日々学ばせていただいています」という謙虚な姿勢も彼女の持つ素晴らしさの一つです。

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25人が一つになった都大路

–小林さんといえばオリンピック選手にして女子1500mの日本記録保持者ですね。思い出のレースはどのレースでしょうか。

トラックレースでは1500mで日本記録を出した大阪でのレースや、北京オリンピックの5000mですね。

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2008年8月小林さんが19歳で出場した北京オリンピック (ゼッケン2200) Photo by M.Kojima

今まで様々なレースに出場してきましたが、やはりオリンピック以上のレースは無いと思って走りましたので、とてもエキサイティングする事が出来ました。しかし、そのオリンピックを差し置いてでも、私が最も思い出に残るレースは、須磨学園高校3年時の全国高校駅伝です。

私はチームの選手、個々の力を伸ばすことによって駅伝での勝利に繋がると思っていました。チームワークというよりも、自己主張の強い私は、須磨学園の駅伝チームを当時指揮していた長谷川重夫先生からみれば、厄介者だったかもしれません…。

私が高校1年と2年の時に、全国高校駅伝で優勝候補に挙がりながらも、優勝することは出来ませんでした。そこから学んだ事は、駅伝において個々の力を伸ばすことが全てではない、という事です。その後3年生となり、私が主将としてチームを牽引しました。

そして迎えた都大路でのレース当日、1区の選手が思うような走りが出来ず、出遅れました。それでも、チームメイト全員が「大丈夫。絶対いける。」と前だけを見ていました。私たちの優勝への自信は、ブレることなく、どんな状況でも優勝するぞ!という気持ちでした。

今考えるととても不思議な事なんですが…。私は「小林なら絶対やってくれる」というチームメイトや須磨学園のサポーターのメッセージを感じて走り出しました。とにかく必死で前の選手を追っていました。

後に、私は20人を抜いたと知りましたが、無我夢中で走っていたので、殆ど記憶がないんです。その後、3区以降のチームメイトのお陰で、やっと、悲願の優勝を手に入れたんです。ゴールシーンではアンカーを務めたチームメイトが“25”のハンドサインでゴールしました。

チームの選手は23人だったのですが、長谷川先生とマネージャーを含めての25人。みんなで掴み取った優勝でした。この時の優勝メンバーとは本当に今でも仲良くさせてもらっています。一生の友ですね。

 

アメリカで感じた“違い”

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