2016年4月12日

旅するトレイルランナーが語る!標高3,000mと地域のコミュニケーション|宮地藤雄さんへインタビュー

「旅するトレイルランナーが語る!標高3,000mと地域のコミュニケーション|宮地藤雄さんへインタビュー」の画像
Pocket

世界中を旅しながらレースに出場し続ける一方、神奈川県逗子市のローカルなコミュニティ作りも手がけるグローカルランナーの宮地藤雄さん。宮地さんは2006年にトレイルランニングと出会い、以来、10年以上もプロランナーとして活躍しています。すでに、業界ではベテランと言えるでしょう。

トレイルランニングの黎明期から走り続けている宮地さん。これまで見てきたもの、そしてこれから実現したいことについてお話を伺いました。

「旅するトレイルランナーが語る!標高3,000mと地域のコミュニケーション|宮地藤雄さんへインタビュー」の画像

 

ショップのチラシがもたらした人生の分岐点

–宮地さんはいつから走り始めたんですか?

僕はもともと陸上競技などやっておらず、学生時代も部活動より生徒会を頑張る人間でした。学校という空間が好きで、「大人になってもずっと学校にいたい」と本気で思ってたんですよ。だから自然と教員を目指すようになり、教育実習でたまたま担当した陸上部のコーチを何年か継続する中で自分も走り始めました。2006年頃、生徒を連れてスパイクシューズを購入しに行ったショップでのこと。『第一回 おんたけスカイレース』のチラシを見つけたのが、トレイルランニングとの初めての出会いです。そのチラシには岩山をよじ登っているような写真が掲載されていて、「うわ、これに出たい!」と直感しました。

そこでさっそくエントリーし、その大会に出場したんです。それなのに、全然チラシで見た岩山がないんですよ。よく考えたらチラシは第一回大会のものなので、前年度の写真なんてあるはずないんですよね。ちなみに後から聞いたら、あれはマレーシアにあるキナバル山の写真だったそうです(笑)でも、それから何度も山を走るようになりました。例えば富士山頂をお鉢巡りした際、目の前に広がるパノラマを見たら、やっぱり「トレランって凄い!」と思えて抜けられなくなっていました。そして気がついたら、いつの間にかプロのトレイルランナーになっていたんです。

「旅するトレイルランナーが語る!標高3,000mと地域のコミュニケーション|宮地藤雄さんへインタビュー」の画像

 

標高3,000mで体験する最高の夜

登録後、すぐにこの記事が読めます

ここから先は「ラントリップ」の
会員の方(登録は無料)のみ、ご利用いただけます。

Runtrip編集部が執筆した記事

関連記事