Qちゃん支えたシューズ職人・三村氏がNew Balanceトークショーで語った厚底論

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“伝説のシューフィッター”こと三村氏(右)と現在はスポーツコメンテーターとして活躍中の千葉氏(左)

昨年、ランナーの間でも話題を集めた、池井戸潤作の『陸王』。そこでキーパーソンとして描かれているのが、ベテラン・シューフィッターの村野尊彦だ。ドラマでは歌舞伎俳優の市川右團次さんが演じた。
シューフィッターが、いかにアスリートと大きく関わっているか―。『陸王』で初めて知った、という人も多いだろう。

村野尊彦のモデルになったとされるのが、“伝説のシューフィッター”と呼ばれる三村仁司氏だ。三村氏はこれまで、さまざまな競技のトップアスリートに、最大のパフォーマンスを引き出すためのシューズを提供してきた。陸上競技では、高橋尚子さんと野口みずきさんも三村氏のシューズを履き、ともにオリンピックのゴールドメダリストになっている。

9月28日、TSUTAYAのフィットネス『TSUTAYA Conditioning』(東京・桜新町)が、オープン1周年を迎えたのを記念して、三村氏と、スポーツコメンテーターとして活躍中の千葉真子氏によるトークイベントが開催された。三村氏がどのようにトップアスリートと向き合っているのか、イベントの取材を通して、その一端をお伝えしたい。

辞職を覚悟して作った、高橋尚子さんのシューズ

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平日にも関わらず、一般の人も数多く来場した

三村氏がこれまで一番たくさんのシューズを用意したのが、Qちゃんこと高橋尚子さんだった。「40足は作っている」という。もちろん全て、1足作るのに多くの時間を要するスペシャルオーダーだ。その理由は、体重変動が激しかったから。足のサイズは、体重によって変わる。高橋さんの場合、海外の合宿で走り込むと、1週間で2.5ミリ、サイズダウンしたそうだ。

2003年の世界陸上・女子マラソンで3位に輝いた千葉さんは、「そう言えば、高橋さんはボルダーの合宿でも1人だけ、何足もシューズを持って来ていましたね」と振り返る。千葉さんもまた選手時代は、三村氏のシューズで走った。

高橋さんとのとっておきのエピソードは、2000年のシドニーオリンピックでのことだ。実は、高橋さんは、左足が若干長く、三村氏は左右でソールの厚さを変えていた。ところが、本番まであと1か月となったある日、高橋さんからこう依頼される。

「本番用のシューズは、左右の厚さを同じにしてください。左右が異なるシューズでは、気持ちが前向きにならないんです」

しかし、三村氏は反対した。左右の厚さを変えたのは、同じにすると故障につながってしまうから。高橋さんは左足が長いため、骨盤がずれており、そのことがそれまでのケガの原因になっていたのだ。

「左右同じにしたら、またケガするで」

それでも、高橋さんは受け入れなかった。1時間余り議論した末、最後は「わかった、わかった」と三村氏が折れる形になり、シドニーオリンピックは左右同じ厚さのシューズで臨むことになった。三村氏は、帰途の飛行機の中で高橋さんのシューズの設計に取り掛かる。だが、まだ逡巡していた。

これでいいのか……。

迷いに迷った末、三村氏はこれまで通り、ソールの厚さを左右で変えた。独断である。

「勝手にやるんですからね。何かあったら、責任を取らないといけない。覚悟の上でした」

知っての通り、高橋さんは日本女子陸上界において、史上初となる金メダルを獲得した。そのシューズで、である。

栄光のゴールから2日後。優勝を祝うパーティの席で、三村氏は「実は……」と、高橋さんに告げる。すると、高橋さんはあっけらんかんにこう言ったという。

「そうだったんですか。全く気がつきませんでした。あのシューズ、最高でした。厚さを変えてもらって良かったです」

宇治高(現・立命館宇治)時代から、“伝説のシューフィッター”三村氏を知る千葉さんはこう言う。

「三村さんは、ただ支えてくれるだけでなく、選手と一緒に走ってくれる伴走者なんです」

走り方のみならず、内面まで理解する

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「TSUTAYA Conditioning」には ニューバランスの最新のシューズが展示されている

9月17日に行われたベルリンマラソンで、ケニアのキプチョゲが2時間1分39秒の世界新記録を樹立。優勝を果たした。履いていたのは、いわゆる“厚底シューズ”である。これに対し、三村氏は主に薄底タイプのシューズを手掛けてきた。

長距離ランナーは、厚底がいいのか、それとも薄底か。この議論は、今もなされている。
ただ、三村氏はどちらがいいという考え方は持っていない。あくまでも、「その選手の特徴に合ったシューズを選ぶのが重要」としている。

三村氏によると、足首が柔らかく着地がぶれる人(日本人はこういう選手がほとんどだとか)は、「薄くて硬く、フラットなシューズが好ましい」とのこと。反対に、足首の硬い人は「クッションが厚いシューズというよりも、ヒールが高いシューズの方が走りやすい」という見方をしている。

ベルリンマラソンでは、三村氏のシューズを履く選手も活躍した。松田瑞生選手だ。
2時間22分23秒と、日本人トップのタイムで、5位に入った。千葉氏が今、一押ししている選手でもある。

その松田選手が履いているシューズには、クッションが入っていない。三村氏は「あの子は、リズムで走るタイプだから、クッションは要らない」と話す。三村氏は、走り方のみならず、松田選手の性格も、よく見ている。

「あの子は男勝りなところがあって、やり始めると、とことん練習します。腹筋は毎日、千回やっているとか。千回ですよ。一方で、切り替えも上手でオンとオフがはっきりしています」

内面までしっかり理解した上で、その選手に合ったシューズを作る。だから、三村氏は、トップアスリートから、全幅の信頼を得ているのだろう。

陸上競技界では昔から、“三村氏にシューズを作ってもらえたら一流の証”と言われてきた。残念ながら、市民ランナーの私たちはそれは叶わないが、朗報がある。

この年末に、三村氏が中心として携わった一般ランナー向けのシューズがニューバランスから発売されるという。詳細は明かされなかったが、どうやらソールが、薄め、厚め、そしてノーマルなものと、3種類あるそうだ。個人的には、三村氏がどんなソールの厚いモデルを作るか、とても興味がある。

自分の体の特徴や、走り方などを分析しながら、自分に合ったシューズを選んでみてはどうだろうか。

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東京・桜新町のTSUTAYAのフィットネス「TSUTAYA Conditioning」

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