2016年4月5日

箱根連覇の青山学院駅伝部、春合宿に潜入レポート!

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3月10日(木)から11日間、大分市にて青山学院大学陸上競技部の春合宿が行われました。同市はスポーツ選手チームの誘致に力を入れており、ランコースや温泉施設が充実していることから、今回のキャンプ地に選ばれたそうです。

合宿初日には市内で原監督の演説『陸上改革!!』が行われ、さらに12日には地元の陸上ジュニア選手たちとの交流会も催されました。以下、演説の一部とともに、キャンプの様子をご紹介します。

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青学の監督“原晋”、それまでのストーリー

—辛かった高校時代、流れに身を任せた大学時代

世羅高校の駅伝部員として過ごした高校3年間は、厳しい監督・先輩との胆力の鍛えられる日々でした。3年生のときにはキャプテンとして活躍し、大学は中京大学の駅伝部へ。そう、青山学院ではないんですね。当時は箱根もテレビ中継なんてされてませんでしたし、親が教師だったこともあって、「体育の教師になればいいかな」なんて考えていました。当時の私は、あまり陸上が好きではなかったんです。

そして、中国電力の実業団1期生として生活がスタート。しかし1年目で足首を怪我してしまい、選手生命が絶たれました。ここで、実業団を引退することに決めたんです。

それからは、普通のしがないサラリーマンとして働きます。サラリーマンとしては新米ですから、10歳年下の新卒社員と肩を並べて、年下の社員から仕事のイロハを習う日々です。人事からサービスセンターまでやらせて頂きました。一応、選手としてこれまでやってきたプライドもあったし、「今度こそ失敗しない」と決めていたので、人一倍、精力的に仕事に取り組みましたね。その間はプロジェクトXやガイアの夜明けを観て、自分を奮い立たせていました。

“伝説の営業マン”として誰にも負けない営業実績を残していた頃、青山学院の監督にならないかという声が掛かったんです。。箱根駅伝の出場経験はもちろん、指導経験さえありません。さらに出身校ですらないという三拍子が揃っていましたが、「どうにかしてこのチームを優勝に導きたい」と強く思いました。

妻や会社からの反対を1年近く受け、それでも打開策を探しながら周囲を説得。やがて辿り着いたのが『監督』という道でした。それまで普通のサラリーマンでしたし、妻には「私が結婚したのは中国電力の会社員であって、駅伝部の監督じゃない。」とまで言われたことも。しかし妻も、最後には「どうせやるなら、日本一になってくださいね。」と背中を押してくれました。

 36歳、最後のチャンスで監督に就任

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そうして2004年、36歳で最後のチャンス。私は青学駅伝部を優勝に導くため、『12年計画』を立てました。一期生には、まず哲学としてチームビジョンを共有。

  1. 感動を人からもらうのではなく、感動を与えることのできる人間になろう
  2. 今日のことは今日やろう。明日はまた明日やるべきことがある
  3. 人間の能力に大きな差はない。あるとすればそれは熱意の差だ

厳しい練習に取り組む中、たとえ何かトラブルが起きたときでも、立ち返る哲学こそが大切なのです。

—青山学院での12年

就任5年目の2009年には、33年振りの箱根駅伝出場が叶いました。そして、2012年には出雲駅伝で準優勝。部活自体の構造やシステムも、この12年で変化させてきました。最初は監督と部員というシンプルな関係だったものが、各学年に責任者を作ることで学年の結束力を高める結果に。また、他にも役職を置くなどすることで、全員が責任持ち、さらに主体的に動くようになりました。

わくわく・ハッピー、影ではストイックに。青山学院の駅伝部

—駅伝部 1期生へのスカウトの言葉

「君がこのチームに入ってくれたとして、4年後に箱根には出られないかもしれない。しかし、必ずこのチームを優勝させてみせるから、その礎となって素晴らしいチームを一緒に作っていってほしい。」

今こそ優勝チームとなりましたが、1期生から今のチームまで、多くの選手がタスキを繋げてきました。彼らなしで、今の優勝はありません。

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—青山学院の、寮生活

青学の駅伝部は、全員が寮に入って共同生活をしています。生活の質を上げたりリズムを整えたりすることは、もちろん「強い選手の生活を見て自分の生活を見直す」ことに直結します。

また、朝は必ず一言スピーチの時間を設けているんです。朝食後にその日の担当部員が前に立ち、例えば『実験』というキーワードで1分間スピーチを行う。そして、最後は必ず駅伝と結びつけるんです。これは、自分の頭で考える良い練習になっています。

—ワクワク大作戦にハッピー大作戦、その意図は?

数年前の箱根駅伝の映像を見ていると、1位じゃないのに、あたかも優勝の順位で最終選手が帰ってきたかのようにチーム全員が嬉しそうにしているんですよ。

「どの順番で帰ってきても笑顔でいよう。」

これは、私がいつも言っていることなんです。影ではストイックに、舞台では明るく舞う。それが青山学院のやり方です。

12日、地元ジュニア選手たちと駅伝部の交流では…

「夢を持って頑張りなさいよ」

原監督はそう言って子どもの肩に手を置きます。描かれたサインには大きな「夢」の文字が。

「頑張ります!将来は青学に入って箱根を走ります!」

駅伝部部員たちの頑張る姿は、将来を夢見る子どもたちに、大きな希望と勇気を与えたようでした。

原監督自身のストーリーと、青山学院の監督としてのストーリー。そして選手たちそれぞれの活躍と、青山学院駅伝部の活躍。春合宿のイベントを通じて、その一部を垣間見ることができたように感じます。

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