「そこに道がない……」、東京にいてはわからなかった熊本の姿

4月14日で熊本地震から1年が経ちました。震度7の地震が同地点で2度も起こるのは史上初のこと(14日、16日)。益城町や南阿蘇村を中心に死者は225人、重軽傷者約2700人、約19万棟の住家が損壊するなど、甚大な被害の爪痕を残しました。

http://www.pref.kumamoto.jp/common/UploadFileOutput.ashx?c_id=3&id=15459&sub_id=223&flid=103584
(熊本県発表資料 2017年4月14日付)

1年でだいぶ復興の兆しが見えてきたとはいえ、まだまだ果てしない復旧作業に追われる熊本県。そんな被災地の状況を確かめるべく、東京在住のライターが震災から1年経った熊本へ行ってきました。現地へ行かなければわからない生の情報に加え、大自然あふれる阿蘇地域のランニングスポットなどをご紹介します。

熊本城の復興には20年もかかる

「「そこに道がない……」、東京にいてはわからなかった熊本の姿」の画像

4月13日、午前7時10分東京駅発の東海道・山陽新幹線で博多へ向かい、2011年に全線開通した九州新幹線に乗り継ぎ熊本へ(所要時間6時間10分)。初めて訪れた熊本の地に胸を躍らせながらも、さっそくこの目に飛び込んできたのは倒壊した木造住宅の残骸でした……。

「この辺り(熊本駅周辺)もすごく酷かったんですよ。古い家が多いので、崩れたままの状態で残っています。斜めに傾いている家もあるし、これから取り壊しになる家もあるんですよ。例年5月は修学旅行生などの観光客で賑わうのですが、昨年は地震があって、阿蘇山の噴火もあって……。特に熊本城の復興には20年もかかると言われているので、私たちの商売も上がったりですよ」(地元のタクシー運転手談)

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「「そこに道がない……」、東京にいてはわからなかった熊本の姿」の画像熊本駅2㎞圏内でも、家屋の損壊が目立つ

タクシー運転手さんの話も気になったので、ホテルに荷物を降ろし、さっそく熊本城へ向かってみました。すると花見シーズン真っ盛りだからか、思いのほか観光客(特に外国人)で賑わっており、少しずつ復興に向かっているんだなと実感。肝心の熊本城ですが、やはりところどころに石垣の崩壊が目につき、城の入口付近では立ち入り禁止の柵が設置されていました。

「「そこに道がない……」、東京にいてはわからなかった熊本の姿」の画像外国人を中心に観光客で賑わう。バックは工事中の天守閣

「「そこに道がない……」、東京にいてはわからなかった熊本の姿」の画像桜越しの熊本城。この時期(4月13日)でもまだ桜が綺麗だった

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「「そこに道がない……」、東京にいてはわからなかった熊本の姿」の画像

調べてみると、国の重要文化財に指定されている「東十八間櫓」「北十八間櫓」「五間櫓」、そして「不開門」と「長塀」が完全に倒壊したようで、天守閣の「しゃちほこ」も地震によって落下。4月10日には笹川財団が熊本城の再建に6年で30億円を拠出すると発表したようですが、完全な復旧には果てしない時間とお金がかかりそうです。

熊本城だけじゃない! 地震による各地の被害跡

滞在2日目は熊本市街から約50㎞離れた阿蘇市へと移動。現地をアテンドしてくれるのは、ラントリップのコースディレクターでもある有限会社ユニバーサルフィールドの佐藤雄一郎さんと、同社に入社したばかりだという今富裕介さん。

「「そこに道がない……」、東京にいてはわからなかった熊本の姿」の画像現地をアテンドしてくれたユニバーサルフィールドの佐藤さん(右)と今富さん。お二人はともに帝京大学駅伝競走部の出身

ちなみにユニバーサルフィールドは九州でスポーツ大会の企画・運営を主な事業としている会社で、5月には九州初のロングトレイルレース「阿蘇ラウンドトレイル(ART)」の開催が控えています。

佐藤さんが運転する車で、1時間以上かけ阿蘇市内へ。道中は豊かな自然風景が広がる一方で、道路の規制が目につきました。

「阿蘇に行くまでのルートが3つ崩壊して、移動がものすごく大変になりました。ところどころ迂回路を通らなければならず、阿蘇から南阿蘇まで行くのにも30分以上遠回りを強いられるんです」と佐藤さん。

※熊本県HPの道路交通情報を見ると、いかに主要道路が通行止めになっているかがわかります。
http://www.jartic.or.jp/seni.html

そして市内をさらに進んでいくと、完全に崩壊してしまった道路を発見……。

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上の写真ではわかりづらいかもしれませんが、実は2mほど道路が陥落しており、川を完全に堰き止めてしまっています。下の写真だと、その落差がよくわかると思います。

「「そこに道がない……」、東京にいてはわからなかった熊本の姿」の画像

その後は南阿蘇村へ向かい、農学部の3人の学生が亡くなった東海大学阿蘇キャンパスを訪問。この地ではキャンパスにかかる阿蘇大橋が崩落したことが話題となっており、当日はテレビ局の取材もかけつけていました。

震災の影響により、学生は一部実習等では阿蘇キャンパスを使用するも、授業については2017年度までの暫定措置として熊本キャンパスで実施しているようです。
※東海大学HP→http://www.u-tokai.ac.jp/about/campus/aso/

「「そこに道がない……」、東京にいてはわからなかった熊本の姿」の画像地震によって消滅した阿蘇大橋

そして、この日最後に訪れたのが、熊本地震で1番被害の大きかった益城町。佐藤さんによると、「ハザードマップを見ても、やっぱりこの地域は酷かった」ようで、1年が経った今でも随所で道路が歪んでいたり、建物の崩壊が目につきました。

※ハザードマップ・・・自然災害による被害の軽減や防災対策に使用する目的で、被災想定区域や避難場所・避難経路などの防災関係施設の位置などを表示した地図

特に被害の大きさで印象的だったのが、町内にある「木山神宮」。境内では柱が倒れたままになっている他、本殿は完全に倒壊。この神社は築250年以上の歴史を誇り、益城町の「守り神」として町の象徴であり続けていました。地元の住民からも「神宮は特別な場所。何とか再建してほしい」と再建を望む声が挙がっているようです。

「「そこに道がない……」、東京にいてはわからなかった熊本の姿」の画像

滞在期間中、地震による被害跡を見て回りましたが、東京にいるだけでは伝わってこない本当の熊本の姿を目の当たりにしました。道路が徐々に開通してきているなど、復興に進んでいるのは確かですが、完全復旧には果てしなく地道な作業が必要だということを多くの人に知ってもらいたいです。

2004年には新潟中越地方、2011年には東北地方、そして2016年に熊本県と、5年~7年サイクルで震度7の地震が続いている今、日本のどこに住んでいても安心できる場所などありません。

自身も熊本で被災したユニバーサルフィールドの佐藤さんは、大きな地震に備えた対策として、以下の3点をアドバイスしてくださいました。

・自分が住んでいる場所、勤めている会社、通っている学校を、まずはハザードマップで確認する。

・地震が起きた時に必要なのは、まずは水(ポリタンクで用意するのが良い)。そして懐中電灯。その次に食料。これらを家に常備しておくといい。

・地震が起きたら下手に動かない。まずはテレビやラジオで情報を収集すること。

※国土交通省ハザードマップポータルサイト
http://disaportal.gsi.go.jp/

滞在期間中、熊本市街のあちこちで「がまだせ熊本!」という標語を見つけたのですが、「がまだせ」とは、熊本地方で「がんばる、精を出す」的な意味で使われる方言。現地の人を見る限り、熊本の人たちは復興に向けて十分がんばっていると思うので、われわれ県外の者が被災地へ出向くなど、できることから復興に向けた手助けをしていきましょう!

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