2017年4月5日 INTERVIEW ランナー

東京マラソン女子日本人TOPの19歳・藤本彩夏選手。育てた父は50歳超えも現役バリバリだった

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2月26日の東京マラソンでは、女子の部で19歳の藤本彩夏選手(京セラ)が2時間27分08秒で日本人トップ(4位)に輝きました。彼女は陸上を始めたきっかけとして、「小学校5年生の時にお父さんに連れられて地元の陸上クラブに入ったこと」を挙げていましたが、そのお父さんというのが、今回インタビューを受けていただいた藤本泰男さん。

1990年代には「アイアンマン世界選手権」を含め、2度も日の丸を背負った経験のあるトライアスロン選手です。52歳を迎えた現在でも現役バリバリな藤本さんに、東京マラソンで活躍された次女・彩夏さんについて、自身の経歴、そして3人の娘をランナーに育て上げた〝子育て論〟についてもお話いただきました。

【撮影=佐藤主祥】

世界のトップアスリートが集う中で見事4位。大躍進の娘の成長について父が語る

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右から2人目が藤本さんの次女・彩夏さん。実業団の京セラに所属し、東京マラソンでは女子の日本人トップに輝いた。(写真提供=藤本泰男さん

――東京マラソンで娘さん(藤本彩夏選手)が活躍されましたが、お父さんから見た感想はいかがですか?

藤本さん 個人的に言わせてもらえれば、出来過ぎかなと。高校時代に「おきなわマラソン」で優勝(2時間47分31秒。同年のU20世界ランキング1位)していますけど、元々長い距離をずっと走り続けるのが好きな子だったんですよ。なので、そこそこいいタイムは出すかなと思っていたんですけど、思った以上のタイムでしたね。逆に心配なのが、こんなに一気に伸びちゃってどうなのかなと……(笑)。私としては、「細く」「長く」「ケガなく」実業団を続けてもらうのがベストだと思いますので。これで周囲の期待も上がって、本人のプレッシャーにもなるかと思います。それで無理して故障したりしないかなと心配しています。

――でも世界のトップランナー相手に堂々4位です。しかも後半ペースを上げての成績ですから、すばらしいと思います。東京マラソン後の周りの反響はいかがでしたか?

藤本さん やはりすごかったですね。あちこちから「おめでとう!」という声をいただきました。一応「女子マラソン10代日本最高タイム」と報道されましたからね。

(※「10代日本最高タイム」というカテゴリーは日本陸連非公認だが、従来の記録を13秒更新)

――当日はテレビでご覧になっていましたか?

藤本さん いえ、私は現場に直接応援に行きましたよ。電車を乗り継いで、最初はスタート地点に行ったんですけど会えなくて、そこから10㎞地点に移動して……という感じでした。ゴール後も会えなかったんですけど、宿に戻った後にやっと会えました。でもそのまま実家(千葉県富里市)に帰省だったので、1週間は実家でゆっくり過ごしていましたよ。

26歳で競技を開始し、わずか5年で世界選手権代表へ

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――藤本さんは今でも現役バリバリのトライアスリートとのことですが、いつごろからトライアスロンを始めたのでしょうか。

藤本さん 20代後半から始めまして、52歳の今までずっと現役です。元々は高校で陸上競技(長距離)をやっていたんですけど、仲間と一緒に楽しく走っている感じだったので、結果は全然出せませんでした。

――そこからトライアスロンを始めるまでには、どんな経緯があったんですか?

藤本さん その後に就職をして、23歳で結婚をして。その時は全くスポーツをやってなかったんです。まぁ太ったわけですよ、今よりプラス30㎏くらい(笑)。それが25歳くらいで、「これはマズいぞ」と……。そう思った時にジョギングを始めたんです。でも重い身体で走ると、肩、首、膝とあちこちで痛みが出まして。そこで負担のかからない水泳を始めて、徐々に〝動ける身体〟になっていきました。最初は25mを泳ぐのがやっとだったのですが、スイミングクラブのコーチに教えてもらうと50m、100mと泳げる距離が伸びていき、20分、30分は平気で泳げるようになりました。これだけ泳げるようになると、「そういえばトライアスロンっていう種目があったよな」と考えるわけです。

――それが20代後半ということですね。

藤本さん そうですね。水泳に関しては、「稲毛インターナショナルスイミングスクール」というトップアスリートが所属するクラブがあるんですけど、そこで早朝仕事前に練習していました。1時間みっちり3000mとか4000mを泳いで、そこから仕事に行く生活を送っていました。それを20代後半から30歳くらいまで続けていましたね。自転車は、成田市の補助を受けている成田市体育協会自転車競技連盟「インバスター」に所属。今もそこで揉まれて練習をしています。そして26歳くらいの時に初めてトライアスロンの大会に出たわけです。

――藤本さんはその後世界選手権に2度も出ていらっしゃいますが、その時のお話を伺ってもよろしいですか?

藤本さん アイアンマンの世界選手権に初めて出た時は1996年(31歳)。ハワイで行われた大会で、まだ長女が1歳の時でした。その頃のアイアンマンの選考は、「アイアンマン・ジャパンin琵琶湖」(滋賀県)で年代別(5歳刻み)の上位に入ると日の丸を背負う権利がもらえる、というものでした。30~34歳の部で代表権を得たのですが、実はハワイに行く1ヶ月前くらいに自転車で落車しまして、肋骨にヒビを入れてしまいました。くしゃみをしても痛い、泳いで腕を伸ばしても痛い、そういう状況の中で臨んだわけです。「せっかく行くのだから楽しんでこよう」と、完走が目標でしたね。ハワイは世界中の予選を勝ち抜いた人たちが集まる大会ですので、優勝を狙うプロの選手と、我々のように出ることが目的の選手に分かれていました。世界選手権に出るために練習を頑張って、ハワイはご褒美みたいな(笑)。

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写真提供=藤本泰男さん

――2度目の世界選手権は1998年とのことですが、こちらもアイアンマンとしてですか?

藤本さん いえ、トライアスロンにも距離がいろいろありまして、オリンピックでやっているのが「オリンピックディスタンス」(スイム1.5㎞、バイク40㎞、ラン10㎞)。「アイアンマンディスタンス」というのはスイム3.8㎞、バイク180㎞、ラン42.195㎞です。それとは別に、「世界ロングディスタンストライアスロン選手権」というのがあるんです。これは大会ごとに距離設定が微妙に違うんですけど、その大会が新潟・佐渡で行われたのが98年。分かりにくいのですが、アイアンマン世界選手権とは違う大会なんです。

――なるほど。では、藤本さんは「アイアンマン世界選手権」と「世界ロングディスタンストライアスロン選手権」という異なる大会で日の丸を背負ったわけですね。

藤本さん そうですね。ロングディスタンスの方は、これまでの実績や県のトライアスロン連盟からの推薦などで選んでいただきました。私は自転車が得意なんですけど、そこで頑張りすぎて後半失速しちゃいましたね(笑)。もう全然走れなくて、最後はボロボロでした。ちなみにこの大会の時には次女の彩夏が生まれていまして、大会にも連れて行っているんですよ。

――そこから現在まで続けていらっしゃるということですね。

藤本さん その通りです。私は元々短い距離の方が得意で、49歳の時に出たスプリントの大会でも総合3位に入っているんです。その時の1位、2位が10代の選手だったんですけど、自転車が終わるまではトップに立っていたんです。自分の子どもと同じくらいの年代の子と戦えるのはいいもんですよ!

50歳を超えても走り続ける理由とは

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写真提供=藤本泰男さん

――短い距離が得意だったとのことですが、どうしてアイアンマンに出ようと思ったのでしょうか?

藤本さん それはよく聞かれるんですけど、多分マラソンと同じ感覚だと思います。最初走れない人が少しずつ走れるようになって、5㎞、10㎞、ハーフマラソンに出て、じゃあフルマラソンに出てみようか……と。私も始めたころは「アイアンマンなんて無理だな」と思いましたが、最初短い距離で出てみて、徐々に練習を重ねていくうちに長い距離をこなせるようになりました。そのためには大変な練習量が必要になりますが、多分「好き」なんでしょうね。好きだからやってこれたのだと思います。

――藤本さんがそこまで魅了された、トライアスロンの魅力はどんなところにあるのでしょうか

藤本さん 目標に向かって、日々仕事がありながらも時間を作って練習するじゃないですか。その少しずつの努力が成果に表れる。そこがひとつの魅力ですよね。

あとはトライアスロンって、子どもの頃の気持ちに帰ることができるんです。エイドステーションで水をかぶって好きな食べ物を食べたり、仲間としゃべりながら走ったり、エイドで出されたコーラをがぶ飲みしたり……(笑)。がむしゃらな気持ちになれるのがいいですよね。

――52歳になっても走り続ける理由は、そこに凝縮されているのでしょうか。

藤本さん そうですね、あとはシンプルに「好きだから」「楽しいから」でしょうね。仲間とのコミュニケ―ションとか、同じ年代別のトライアスリートとどこまで競り合えるか。自分を目標にしてくれている若い選手もいるので、そういう人たちと走る楽しさですかね。仲間がいて楽しいから続けられているのだと思います。楽しくても1人じゃつまらないですから。仲間と一緒に練習して、たまに酒を呑んで、そういうものが原動力になっています。

【後編に続く】

プロフィール

藤本 泰男(ふじもと やすお)

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1965年生まれ、福岡県出身。52歳にして現役バリバリのトライアスリート。26歳で競技を開始し、わずか5年で年代別日本代表へ昇りつめる。96年に「アイアンマン世界選手権」、98年には「世界ロングディスタンストライアスロン選手権」に出場した。現在は成田市体育協会自転車競技連盟「インバスター」、トライアスロンチーム「千葉ブレイブ安藤塾」に所属。練習会にて後進の指導にもあたっている。父親として3姉妹をランナーに育て上げ、次女の彩夏さんは今年2月の東京マラソンで日本人トップの2時間27分08秒(4位)をマークした。

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